2016年04月18日
永遠の前衛都市 京都 075 KYOTO Calling
永遠の前衛都市 京都 075 KYOTO Calling
前回の KYOTO Revisited の続きになります
TOKYO を逆に並べ替えると KYOTO になります
トウキョウは やはり キョウト の裏返しでしょうか?
トウキョウ なんて 名前じゃなく エドのほうが
よっぽど 粋な にゅあんす が ありますのに ね
……………………………………………
さて 押し入れの奥の奥から出てきた カビ臭い本
03 ゼロサン Tokyo Calling という雑誌
03 は 東京のArea Codeの記号ですが
電話かける時の 03-xxxx-xxxx の頭のことです
この雑誌 東京のゴリゴリのタウン誌じゃないんです
特集は ニューヨーク、パリ、ベルリン、アムステルダム、香港と
世界の主要都市の特集が多いのです
そのなかに にっぽんの 京都が有りました
その内容をちょっとご紹介します
……………………………………………
その前に この雑誌は 1989年創刊で 何年に廃刊になったのかわかりません
もろ 都市型カウンターカルチャーの月刊誌という感じです
サブタイトルに TRANS-CULTURE MAGAZINE とありますが
文化の彼方にということか 文化を超えてという意味か解りません
今もまだ 続いている 東京人 という コアな東京オンリーのタウン雑誌とは違います
グローバルな サブカルチャー、カウンターカルチャー誌 であります
……………………………………………

さてこの 京都特集は 表紙を見ての通り AREA-CODE は 075です
永遠の前衛都市(アヴァンギャルド・シティ) 京都

そして特集のハイライトは 京大西部講堂です


ぼくも昔、一度アマチュアのフォークライブに行きました
Bob Dylan の訳詞もしている 三浦久さんも ギター1本で歌ってました
友人の京都在住のヨウコさんは あの伝説の
フランク・ザッパのライブを見たと言ってました

前回ブログの写真にはありませんが この京大西部講堂の瓦屋根は
このように ペイントされていました
残しておくべき 遺産だとおもいます
……………………………………………
次に ライブ・ハウス 拾得 です
そのまえの 賁(ふん) のころから よく通ってました
拾得になってからも 当時まだ走っていた京都の市電に乗って行きました



バターライス と コーヒーをいつも頼んでいました
この バターライス は 玄米にバターをのせ醤油を少しかけてあって
実に シンプルでうまかったです
外人のヒッピーが作ったメニューじゃないかと思います
以後 お餅を焼いても バターをのせ 醤油を少したらし 食べる
この バターと醤油と米の 絶妙のバランスがメインとなりましたが
食べ過ぎると 胸焼けしますので ほどほどに
拾得以外にも 当時の京都のライブハウスやロック喫茶が紹介されています
ダムハウス、MAP、縄文、賁、飢餓 などです
……………………………………………
もう一冊は 欲望集積都市 アムステルダム のマリワナ事情

それに 忌野清志郎と三里塚闘争とチェルノブイリの特集で 1990年11月号です
この中で 今にして ひときわ目立ったのが シャープの広告です
この1冊の中で 7枚もの広告 内 4枚が見開きの広告です
こんなサブカル誌にとんでもないお金を使っています
目の付けどころがシャープでしょ シリーズですが
どの内容も 他社よりいかに優れているを語っています


でも このあと 歳とともにゆっくりと 老眼が進み
内外ともに見えることも見えなくなったみたいで
世界がおぼろにしか見えなくなり 現在のの SHARP になったんでしょうね
その シャープを吸収した台湾の会社
漢字で 僕が読むと コウカイ としか読めないのですが
そうならなければと 祈るばかりです
この号の特集 アムス、忌野、三里塚、チェルノブイリ と
何かが起きていて さらに何かが起きつつあるというような
そんな 時代の緊張感が感じられます
この号の車の宣伝の写真 日産 プレセア 初代

こんなに 美しい車があったんですね かつての日本には
でも 売れなかったみたいで 10年の命だったようです
ちなみに 我が愛車 TOYOTA iQ も 売れなかった車で
2015年末に生産を中止 10年持たなかった
なので 大事に乗るしかないな
売れなかった理由は きわめて明確です
目の付けどころが アンシャープ だったからです
……………………………………………
男の隠れ家 2012年1月号に拾得が掲載されていたので紹介します

拾得の前に営業していた 賁 というカフェ

そして現在の拾得です



では また
前回の KYOTO Revisited の続きになります
TOKYO を逆に並べ替えると KYOTO になります
トウキョウは やはり キョウト の裏返しでしょうか?
トウキョウ なんて 名前じゃなく エドのほうが
よっぽど 粋な にゅあんす が ありますのに ね
……………………………………………
さて 押し入れの奥の奥から出てきた カビ臭い本
03 ゼロサン Tokyo Calling という雑誌
03 は 東京のArea Codeの記号ですが
電話かける時の 03-xxxx-xxxx の頭のことです
この雑誌 東京のゴリゴリのタウン誌じゃないんです
特集は ニューヨーク、パリ、ベルリン、アムステルダム、香港と
世界の主要都市の特集が多いのです
そのなかに にっぽんの 京都が有りました
その内容をちょっとご紹介します
……………………………………………
その前に この雑誌は 1989年創刊で 何年に廃刊になったのかわかりません
もろ 都市型カウンターカルチャーの月刊誌という感じです
サブタイトルに TRANS-CULTURE MAGAZINE とありますが
文化の彼方にということか 文化を超えてという意味か解りません
今もまだ 続いている 東京人 という コアな東京オンリーのタウン雑誌とは違います
グローバルな サブカルチャー、カウンターカルチャー誌 であります
……………………………………………

さてこの 京都特集は 表紙を見ての通り AREA-CODE は 075です
永遠の前衛都市(アヴァンギャルド・シティ) 京都

そして特集のハイライトは 京大西部講堂です


ぼくも昔、一度アマチュアのフォークライブに行きました
Bob Dylan の訳詞もしている 三浦久さんも ギター1本で歌ってました
友人の京都在住のヨウコさんは あの伝説の
フランク・ザッパのライブを見たと言ってました

前回ブログの写真にはありませんが この京大西部講堂の瓦屋根は
このように ペイントされていました
残しておくべき 遺産だとおもいます
……………………………………………
次に ライブ・ハウス 拾得 です
そのまえの 賁(ふん) のころから よく通ってました
拾得になってからも 当時まだ走っていた京都の市電に乗って行きました



バターライス と コーヒーをいつも頼んでいました
この バターライス は 玄米にバターをのせ醤油を少しかけてあって
実に シンプルでうまかったです
外人のヒッピーが作ったメニューじゃないかと思います
以後 お餅を焼いても バターをのせ 醤油を少したらし 食べる
この バターと醤油と米の 絶妙のバランスがメインとなりましたが
食べ過ぎると 胸焼けしますので ほどほどに
拾得以外にも 当時の京都のライブハウスやロック喫茶が紹介されています
ダムハウス、MAP、縄文、賁、飢餓 などです
……………………………………………
もう一冊は 欲望集積都市 アムステルダム のマリワナ事情

それに 忌野清志郎と三里塚闘争とチェルノブイリの特集で 1990年11月号です
この中で 今にして ひときわ目立ったのが シャープの広告です
この1冊の中で 7枚もの広告 内 4枚が見開きの広告です
こんなサブカル誌にとんでもないお金を使っています
目の付けどころがシャープでしょ シリーズですが
どの内容も 他社よりいかに優れているを語っています


でも このあと 歳とともにゆっくりと 老眼が進み
内外ともに見えることも見えなくなったみたいで
世界がおぼろにしか見えなくなり 現在のの SHARP になったんでしょうね
その シャープを吸収した台湾の会社
漢字で 僕が読むと コウカイ としか読めないのですが
そうならなければと 祈るばかりです
この号の特集 アムス、忌野、三里塚、チェルノブイリ と
何かが起きていて さらに何かが起きつつあるというような
そんな 時代の緊張感が感じられます
この号の車の宣伝の写真 日産 プレセア 初代

こんなに 美しい車があったんですね かつての日本には
でも 売れなかったみたいで 10年の命だったようです
ちなみに 我が愛車 TOYOTA iQ も 売れなかった車で
2015年末に生産を中止 10年持たなかった
なので 大事に乗るしかないな
売れなかった理由は きわめて明確です
目の付けどころが アンシャープ だったからです
……………………………………………
男の隠れ家 2012年1月号に拾得が掲載されていたので紹介します

拾得の前に営業していた 賁 というカフェ

そして現在の拾得です



では また
Posted by hamabeat at 15:26│Comments(0)
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