› b l o g Z E N B E A T › 2009年02月2009年02月24日
死
随分前、20年くらい前でしょうか?
福井 の友人がこう言いました。
「人間や生き物は なんで死ぬか解るか?」 と
僕はまともに答えられませんでした。
「みんな生き物は死ぬもの
寿命はそれぞれの生物によって決まっているんじゃない?」
くらいの答えくらいしかできなかったと思います。
.........................................................................................
彼 は こう言いました。
「死はあらかじめ生命の中にプログラムされている」
と
.........................................................................................
これ以上詳しい話にはならなかったと記憶していますが
その プログラム という答えに
何故か 真理のような 確実な答えを 感じたことを憶えています。
.........................................................................................
つい 最近 ある本を読んでいる時に
そのことの 説明 に出逢いました。
その本とは
龍村 仁著
魂の旅 地球交響曲(ガイヤシンフォニー)第三番
角川ソフィア文庫
.........................................................................................
以前のブログ 「ガイアシンフォニー」の龍村 仁監督による
テレビ・ドキュメンタリーの「宇宙船とカヌー」にシンクしていますが
その 死 の秘密は この本のなかでこの様に書かれています。
宇宙物理学者 フリーマン・ダイソンの言葉です。
長いですが 引用します。
.........................................................................................
三十五億年の昔、この地球に初めて生命が誕生した頃、
「死」はまだ生命システムの中に組み込まれていなかった。
原初生命体は分裂増殖を繰り返すだけで、
必ず死ぬ と定められているわけではなかった。
誕生したものは必ず死ぬ。という仕組みが
生命システムの中にプログラムされたのは、
性が誕生した時からだ。
この地球に生命を誕生させた なにかの 意志 が、
次にその単純な生命を複雑・多様化するために
雌と雄をつくり、それが合体して新たな生命をつくる、
という仕組みを生み出した。
その時 同時に、個体の 死 が生命システムのなかに
プログラムされたのだ。
とあります。
ようやく 謎が解けた 感じです。
これ以上の答えを知りません。
.........................................................................................
話は変わりますが
去年、車の中でFMラジヲを聞いていて
気になっていたことのお話です。
イカリさんと一緒にふと何気なく聞いていたお話ですが
二人で熱中して聞きいってしまいました。
お話されてた方は 生物学か遺伝子の権威ある学者さんだと思います。
そのお話の内容はこんな感じだったと思います。
アリマキ(アブラムシ)を例に説明していましたが
アリマキの単体生殖、メスがメスだけでメスを産む
つまり、生殖行為なく次世代の個体を驚異的な数で産み出していくことができる。
オスというのは不要な世界なのです。
ただ、それでは単調な縦系列になっていくので
お遊び的に 雄 という横系列をつくるときがある。
それも忙しいときはメスばかり産んでいますが
ちょっと暇になってきたときにオスを産んだりするそうです。
このお話は生物学的で学術的なものでした。
正確に書き留めたものではなく
記憶での説明なので間違いがあればお許しください。
これで、男の謎が少し解けたように思いました。
お遊び的に 暇になってきたとき というところ。
本来、根無し草みたいなものなので 生の淋しさを知り
ふと 遠くを思い、消えたいと思う。
抽象的なことを考え 訳の解らないことに熱中する。
男ってそういう生き物かも知れない。
.........................................................................................
アリマキについて調べてみると
アリマキ。英語でAnt cow(蟻 牛)。
日本語では蟻牧(アリマキ=蟻の牧場)であるから
どちらも同じ意味を持つ名称となっている。
非常に広範囲に渉る植物の主に茎に大群で定住し、樹液を吸う。
ひ弱な庭木の樹精などお構いなしに吸ってしまう。
甘いものを好むアリは彼らが醸成した甘美な分泌物を好んで食糧とする。
アリマキの大群自体を害することなく、アリは甘い汁をすすり続ける。
だからアリの牛という名が付いている。
アリマキは単体生殖を行う。
メスだけで生殖行為もないまま次世代の個体を産み出すことができる。
その増え方ときたら、ねずみ算など他愛なく思えるほどの強烈さで
この量の脅威は暴力的ですらある。
数が増えすぎると、食料となる植物が足りなくなるので
天敵を呼び寄せる物質を放出して
自らを食べさせることによって種の個体数を調節するらしいです。
.........................................................................................
「parasite(パラサイト)」とは,和訳すれば「寄生」となりますが,
もとを正せば,「…のそばに」を表すparaという接続語と,
ギリシャ語の(食べ物)が語源であるsiteが合体した言葉だそうです。
つまり、食べ物のそばに という意味です。
生命は全て天敵との共生で成り立っています。
パラサイトに食料を提供し、パラサイトに天敵から命を守ってもらう。
逆に、人間は天敵を撲滅し、病気を撲滅し
自分たちだけの種の長期延命への努力をしてるようですが
人間にとっての天敵は人間でしかなくなったということでしょうか?
戦争、自殺、テロ、犯罪、事故、同性愛 産児制限 等による
種の数量調節しか方法がないということかな?
最近の犯罪や記事は これに当てはまる内容のものが多いです。
生命の自然死も 広い意味では
プログラムされた自殺といえます。
.........................................................................................
ゴッドフリー・レジオ監督によるカルト・ムービー『カッツィ』シリーズ3部作
全てのタイトルは アメリカ先住民ホピ族の言葉です。
第一部「コヤニスカッツィ」とは
“バランスを失った世界”
第二部『ポワカッツィ』とは
自己の繁栄のために他人の生命力を食い物にする生き方の意味。
第三部「ナコイカッツィ」は、
「日常と化した戦争」


このホピ族の ホピ とは 平和 を意味する言葉だそうです。
これらの映像を見ていると
人はどこへ向かっているかが解かるような気がします。
.........................................................................................
死と引き換えに性を獲得したことは
個体の死によって種の繁栄(生)を確保するということですが
この死のプログラムの意味を
もう一度考え直す必要があるように思えます。
フリーマン・ダイソンのお話の
真意と希望を再確認してみたいと思います。
.........................................................................................
日本映画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。
見てみたい映画です。
日本の葬儀の様式や言葉には深いものがあります。
我々日本人にとっても 外国の人々にとっても
非常に興味のある儀式であると思われます。
葬儀を題材にした ブログ は 別れの準備 のカテゴリーでご覧ください。
では また。
福井 の友人がこう言いました。
「人間や生き物は なんで死ぬか解るか?」 と
僕はまともに答えられませんでした。
「みんな生き物は死ぬもの
寿命はそれぞれの生物によって決まっているんじゃない?」
くらいの答えくらいしかできなかったと思います。
.........................................................................................
彼 は こう言いました。
「死はあらかじめ生命の中にプログラムされている」
と
.........................................................................................
これ以上詳しい話にはならなかったと記憶していますが
その プログラム という答えに
何故か 真理のような 確実な答えを 感じたことを憶えています。
.........................................................................................
つい 最近 ある本を読んでいる時に
そのことの 説明 に出逢いました。
その本とは
龍村 仁著
魂の旅 地球交響曲(ガイヤシンフォニー)第三番
角川ソフィア文庫
.........................................................................................
以前のブログ 「ガイアシンフォニー」の龍村 仁監督による
テレビ・ドキュメンタリーの「宇宙船とカヌー」にシンクしていますが
その 死 の秘密は この本のなかでこの様に書かれています。
宇宙物理学者 フリーマン・ダイソンの言葉です。
長いですが 引用します。
.........................................................................................
三十五億年の昔、この地球に初めて生命が誕生した頃、
「死」はまだ生命システムの中に組み込まれていなかった。
原初生命体は分裂増殖を繰り返すだけで、
必ず死ぬ と定められているわけではなかった。
誕生したものは必ず死ぬ。という仕組みが
生命システムの中にプログラムされたのは、
性が誕生した時からだ。
この地球に生命を誕生させた なにかの 意志 が、
次にその単純な生命を複雑・多様化するために
雌と雄をつくり、それが合体して新たな生命をつくる、
という仕組みを生み出した。
その時 同時に、個体の 死 が生命システムのなかに
プログラムされたのだ。
とあります。
ようやく 謎が解けた 感じです。
これ以上の答えを知りません。
.........................................................................................
話は変わりますが
去年、車の中でFMラジヲを聞いていて
気になっていたことのお話です。
イカリさんと一緒にふと何気なく聞いていたお話ですが
二人で熱中して聞きいってしまいました。
お話されてた方は 生物学か遺伝子の権威ある学者さんだと思います。
そのお話の内容はこんな感じだったと思います。
アリマキ(アブラムシ)を例に説明していましたが
アリマキの単体生殖、メスがメスだけでメスを産む
つまり、生殖行為なく次世代の個体を驚異的な数で産み出していくことができる。
オスというのは不要な世界なのです。
ただ、それでは単調な縦系列になっていくので
お遊び的に 雄 という横系列をつくるときがある。
それも忙しいときはメスばかり産んでいますが
ちょっと暇になってきたときにオスを産んだりするそうです。
このお話は生物学的で学術的なものでした。
正確に書き留めたものではなく
記憶での説明なので間違いがあればお許しください。
これで、男の謎が少し解けたように思いました。
お遊び的に 暇になってきたとき というところ。
本来、根無し草みたいなものなので 生の淋しさを知り
ふと 遠くを思い、消えたいと思う。
抽象的なことを考え 訳の解らないことに熱中する。
男ってそういう生き物かも知れない。
.........................................................................................
アリマキについて調べてみると
アリマキ。英語でAnt cow(蟻 牛)。
日本語では蟻牧(アリマキ=蟻の牧場)であるから
どちらも同じ意味を持つ名称となっている。
非常に広範囲に渉る植物の主に茎に大群で定住し、樹液を吸う。
ひ弱な庭木の樹精などお構いなしに吸ってしまう。
甘いものを好むアリは彼らが醸成した甘美な分泌物を好んで食糧とする。
アリマキの大群自体を害することなく、アリは甘い汁をすすり続ける。
だからアリの牛という名が付いている。
アリマキは単体生殖を行う。
メスだけで生殖行為もないまま次世代の個体を産み出すことができる。
その増え方ときたら、ねずみ算など他愛なく思えるほどの強烈さで
この量の脅威は暴力的ですらある。
数が増えすぎると、食料となる植物が足りなくなるので
天敵を呼び寄せる物質を放出して
自らを食べさせることによって種の個体数を調節するらしいです。
.........................................................................................
「parasite(パラサイト)」とは,和訳すれば「寄生」となりますが,
もとを正せば,「…のそばに」を表すparaという接続語と,
ギリシャ語の(食べ物)が語源であるsiteが合体した言葉だそうです。
つまり、食べ物のそばに という意味です。
生命は全て天敵との共生で成り立っています。
パラサイトに食料を提供し、パラサイトに天敵から命を守ってもらう。
逆に、人間は天敵を撲滅し、病気を撲滅し
自分たちだけの種の長期延命への努力をしてるようですが
人間にとっての天敵は人間でしかなくなったということでしょうか?
戦争、自殺、テロ、犯罪、事故、同性愛 産児制限 等による
種の数量調節しか方法がないということかな?
最近の犯罪や記事は これに当てはまる内容のものが多いです。
生命の自然死も 広い意味では
プログラムされた自殺といえます。
.........................................................................................
ゴッドフリー・レジオ監督によるカルト・ムービー『カッツィ』シリーズ3部作
全てのタイトルは アメリカ先住民ホピ族の言葉です。
第一部「コヤニスカッツィ」とは
“バランスを失った世界”
第二部『ポワカッツィ』とは
自己の繁栄のために他人の生命力を食い物にする生き方の意味。
第三部「ナコイカッツィ」は、
「日常と化した戦争」


このホピ族の ホピ とは 平和 を意味する言葉だそうです。
これらの映像を見ていると
人はどこへ向かっているかが解かるような気がします。
.........................................................................................
死と引き換えに性を獲得したことは
個体の死によって種の繁栄(生)を確保するということですが
この死のプログラムの意味を
もう一度考え直す必要があるように思えます。
フリーマン・ダイソンのお話の
真意と希望を再確認してみたいと思います。
.........................................................................................
日本映画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。
見てみたい映画です。
日本の葬儀の様式や言葉には深いものがあります。
我々日本人にとっても 外国の人々にとっても
非常に興味のある儀式であると思われます。
葬儀を題材にした ブログ は 別れの準備 のカテゴリーでご覧ください。
では また。
2009年02月02日
1972年京都
1972年
大阪から京都へ戻る。
東山通り二条 岡崎にある下宿
ここの部屋は広かったが、東山通りに面していて
朝5時の始発の市電(路面電車)の音で目が覚める。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
この頃、京都には 所謂、ロック喫茶 とか Folk喫茶 とかが沢山あった。
1969年9月 京都初のロック喫茶 MAP 開店。
1973年2月 日本最古のライヴハウス 拾得 が京都で創業

拾得
中でもよく足を運んだのは
MAP 飢餓(現在の KAZABANA)名前の無い喫茶店 噴(ふん) 拾得
特に MAP へはよく行った。
開店時にいくとディランのセルフポートレートや
ザ・バンド の Music From Big Pink がかかっていた。
豊田勇造がよくこの店でブルースの弾き語りしていた。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
河原町四条の喫茶店(名前は忘れた)では
ひょっこり現れた 高田 渡 がギターを取り出し
いきなりトーキングブルースを歌ったりと
この頃の京都はこんな風景が当たり前だったような気がする。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
お店では新着輸入盤のRolling Stonesのレコード
スティッキー・フィンガーズやメイン・ストリートのならず者 が
大きな音でガンガンかかっていた。
どちらもジャケのデザインがよい。

カバーフロント アンダーカバー カバーバック
前者はアンディ・ウォーホールのジッパー(本物のジッパー付き/日本版はYKK)デザイン
(ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの皮むきバナナのジャケといい名作です)

後者は ロバート・フランク の写真が沢山使われている。
(LPアルバムのカバー特集もそのうちやります。)
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
東京からもよくロック喫茶通いに来ていた人が多く
そんな人達ともすぐ友達になりました。
高円寺のT君もその一人で
彼は高円寺で店を開こうとしていて京都のお店を視察に来ていたようで
僕たちの岡崎の下宿を寝ぐらにしてあちこち廻っていた。
後に高円寺 JEFFERSON を開店

Jefferson Airplane や ホット・ツナが好きで付けた店の名前
東京へ行くとこの店を僕たちは寝ぐらにして行動しました。
このお店、窓はなく 木の板壁にドライフラワー
ソニー・ボーイ・ウィリアムソンの白黒写真が貼ってあったな。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
岡崎の下宿には いろんな友達が毎日集まりました。
前回のブログ 別れの準備-3 の REIは僕の部屋の斜め向かいの部屋で
ニール・ヤングやピンク・フロイドをかけていたし
となりのS君はいつもウディ・ガスリーを聞いていた。
友人が大阪の電気屋さんに勤めていたので
TEAC のオープンリールのテープデッキを買う。
カセットデッキが出始めの頃でしたが
やはり雰囲気的にオープンリール。
動かなくなったので随分前に捨てました。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
1973年に最初のオイルショックが起きます
テレビもなく、ラジオも聞かずで情報には疎かったため
世の中で何が起きているのかも知らず
まさか トイレットペーパーが 無くなるなんてことは信じられず
後になって レコード盤が年々薄くなっていくことで
やっと実感として掴めたかな。
反っている輸入盤のレコード多くなった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
この頃、イカリさんは精力的に動いてました。
中津川フォークジャンボリー
ランブリン・ジャック・エリオットのコンサート
熊本のコミューン
僕はどこへも行かなかったので
彼女は一人で放浪してた。
帰ってくると数日後には
行った先で知り合った友達が沢山押しかけて来た。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
東京の友達も車一台で予告もせずにいきなり押しかけて来た。
男5人と毎日 雑魚寝の日々。
夜はお酒を飲んで 毎晩 論争の日々。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ササ は近くのジャスコの肉屋でバイトしていましたが
この岡崎の後半から次の銀月アパートの前半まで
一澤帆布に勤める。
おじさんや おばさん ばかりが働いていた所に
若いヒッピー娘が入り込んできたので
皆さん驚いたでしょうが
皆にかわいがられていたようでした。
木造のお店の壁面には天井まで帆布の鞄がかけてあり
その頃からマニアの人たちの人気スポットでした。
ササがやめてからそういった若い女の人が
仕事を求めてくるようになったそうで
そういう意味では 先人なのかもしれない。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
この時からワタルに誘われて同人誌に詩を寄稿します。
岡崎から銀月アパートの頃まで同人誌を出しますが
この話は長くなりますので次回に廻します。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ホームページは リニューアル しましたので ご覧ください。
染型工房横山工藝 http://www.ykougei.jp/
オーダーよさこい屋 http://www.yosakoiya.jp/
大阪から京都へ戻る。
東山通り二条 岡崎にある下宿
ここの部屋は広かったが、東山通りに面していて
朝5時の始発の市電(路面電車)の音で目が覚める。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
この頃、京都には 所謂、ロック喫茶 とか Folk喫茶 とかが沢山あった。
1969年9月 京都初のロック喫茶 MAP 開店。
1973年2月 日本最古のライヴハウス 拾得 が京都で創業

拾得
中でもよく足を運んだのは
MAP 飢餓(現在の KAZABANA)名前の無い喫茶店 噴(ふん) 拾得
特に MAP へはよく行った。
開店時にいくとディランのセルフポートレートや
ザ・バンド の Music From Big Pink がかかっていた。
豊田勇造がよくこの店でブルースの弾き語りしていた。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
河原町四条の喫茶店(名前は忘れた)では
ひょっこり現れた 高田 渡 がギターを取り出し
いきなりトーキングブルースを歌ったりと
この頃の京都はこんな風景が当たり前だったような気がする。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
お店では新着輸入盤のRolling Stonesのレコード
スティッキー・フィンガーズやメイン・ストリートのならず者 が
大きな音でガンガンかかっていた。
どちらもジャケのデザインがよい。

カバーフロント アンダーカバー カバーバック
前者はアンディ・ウォーホールのジッパー(本物のジッパー付き/日本版はYKK)デザイン
(ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの皮むきバナナのジャケといい名作です)

後者は ロバート・フランク の写真が沢山使われている。
(LPアルバムのカバー特集もそのうちやります。)
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
東京からもよくロック喫茶通いに来ていた人が多く
そんな人達ともすぐ友達になりました。
高円寺のT君もその一人で
彼は高円寺で店を開こうとしていて京都のお店を視察に来ていたようで
僕たちの岡崎の下宿を寝ぐらにしてあちこち廻っていた。
後に高円寺 JEFFERSON を開店

Jefferson Airplane や ホット・ツナが好きで付けた店の名前
東京へ行くとこの店を僕たちは寝ぐらにして行動しました。
このお店、窓はなく 木の板壁にドライフラワー
ソニー・ボーイ・ウィリアムソンの白黒写真が貼ってあったな。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
岡崎の下宿には いろんな友達が毎日集まりました。
前回のブログ 別れの準備-3 の REIは僕の部屋の斜め向かいの部屋で
ニール・ヤングやピンク・フロイドをかけていたし
となりのS君はいつもウディ・ガスリーを聞いていた。
友人が大阪の電気屋さんに勤めていたので
TEAC のオープンリールのテープデッキを買う。
カセットデッキが出始めの頃でしたが
やはり雰囲気的にオープンリール。
動かなくなったので随分前に捨てました。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
1973年に最初のオイルショックが起きます
テレビもなく、ラジオも聞かずで情報には疎かったため
世の中で何が起きているのかも知らず
まさか トイレットペーパーが 無くなるなんてことは信じられず
後になって レコード盤が年々薄くなっていくことで
やっと実感として掴めたかな。
反っている輸入盤のレコード多くなった。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
この頃、イカリさんは精力的に動いてました。
中津川フォークジャンボリー
ランブリン・ジャック・エリオットのコンサート
熊本のコミューン
僕はどこへも行かなかったので
彼女は一人で放浪してた。
帰ってくると数日後には
行った先で知り合った友達が沢山押しかけて来た。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
東京の友達も車一台で予告もせずにいきなり押しかけて来た。
男5人と毎日 雑魚寝の日々。
夜はお酒を飲んで 毎晩 論争の日々。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ササ は近くのジャスコの肉屋でバイトしていましたが
この岡崎の後半から次の銀月アパートの前半まで
一澤帆布に勤める。
おじさんや おばさん ばかりが働いていた所に
若いヒッピー娘が入り込んできたので
皆さん驚いたでしょうが
皆にかわいがられていたようでした。
木造のお店の壁面には天井まで帆布の鞄がかけてあり
その頃からマニアの人たちの人気スポットでした。
ササがやめてからそういった若い女の人が
仕事を求めてくるようになったそうで
そういう意味では 先人なのかもしれない。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
この時からワタルに誘われて同人誌に詩を寄稿します。
岡崎から銀月アパートの頃まで同人誌を出しますが
この話は長くなりますので次回に廻します。
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ホームページは リニューアル しましたので ご覧ください。
染型工房横山工藝 http://www.ykougei.jp/
オーダーよさこい屋 http://www.yosakoiya.jp/



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