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2010年07月20日

蕎麦処 おおくぼ

福井 おおくぼ という 蕎麦処

なにげなく 本屋さんで見て 行こかと イカリと二人で行きました。

我々の 行動範囲の中にある すぐそばの あるところ なのですが

それは 福井市内でも 八幡山の南の際の 住宅街の縁にある。

蕎麦処 おおくぼ 

オーナーの 大久保さん は 昔 NHKのアナウンサーで

趣味で蕎麦打ちをしているというのは こちら福井の人は皆知っている。

皆 ああ あの人 というくらい 顔は知れている人なのです。

でも 趣味でそば打ち とは思っていたが 店を構えて営業してるとは思っていなかった。

それより 巷の噂 クチコミ でも そのような情報が一切ない

だれも知らない

その意味でも 隠れ家的在処 なのです。

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最初、本の地図を暗記して この辺だろうなと 車で

その場所が 簡単には 見つかりません。

2~3回 同じところを 廻り ようやく辿り着く。

その前を何回も通過しているのですが なにせ ポツンと 民家のたたずまいなので

気が付かなかった というところが 寄せ付けない スポット なのです

安易に我が家へ近づかないで の モードであります。

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さて ようやく辿り着いて 暖簾をくぐります






<いらっしゃい ようこそ>

そして 開口一番 

<福井には そば屋さんが 一軒もないのよネエ>

ハア? おれたち そば喰いに来たんだけど ここは何処? 

<蕎麦屋 そば屋 っていうけど みんな うどん屋さんなのよ ネエ>

そこから 流暢な 蘊蓄の 洪水が始まります。

それを 聞きながら そばを食べるのは 修行の域 であります。

そばの種類は <せいろ> <しらゆき> <いなか> の3種類しかない。

飲み物は お酒 と びーる のみ

今回は二人で しらゆき を注文すると

<およしなさい 別々のものを半分ずつ味わった方が良いですよ>

で しらゆき と いなか を注文。

この店の一人前の量は 普通のお店の倍くらいある。

この 赤い漆の角盆にのったのが 茹でる前の一人前






麺は限りなく 細く 抜ける様に 白く そして 多い

<蕎麦は熱に弱いので 茹でるのは 2回転半 ナノ>

数十秒でゆで上がり 

これ イカリと二人で分けているので 一人前の半分の分量です。





<味は刻々と変わるので 早く食べなさいヨ>

薬味は ネギ と わさび だけ 

<まずは 何にも付けずに食べるのよ>  

ダシつゆ は真っ黒で大変辛そうに見えるのですが

そのまま飲んでも 非常に深くて旨い

さて 一口 

ウム これ 絶品 唸ります

大久保さん もう何も喋らんといて と言いたくなる。

つぎが いなか これも 一人前の半分の分量





合計一人前を食べると 程よい満腹感になる

おいしいお蕎麦を これくらいの量で食べさせてくれると

至福 というか 至腹 の時を 経験できます。

そしてまた おしゃべりが 続きます

左がうどん切り包丁、 右が蕎麦切り包丁





と 教えてくれます。

食べている間も ずっと おしゃべり の連続で

その 間合いを持ってないと つらいかも

蕎麦食べてる時間より 喋ってる時間の方が長い

大根の話から たくあん、 鯖、へしこ、宗教の話 もう 切りがないですが

僕たちの世代としては 面白いし、話が弾みますが 

若い人は どうなのかな とも 思う

この前行った時は 金沢の若い男女のカップルが先客でした。

一緒に軽くですが おしゃべりし そのお二人

ごゆっくり とか ごあいさつして 帰られました。

おおくぼ さんち はそういう 雰囲気の場 なのです。

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福井の蕎麦は どこも旨い と 以前は思っていた

おろし蕎麦<大根おろしをぶっかけて食べるそばです>が有名です が

きょうや さんで もりそば <そばに ネギ、だし、わさび 以外に何にもない蕎麦> を食べてから

おろし蕎麦は 食べなくなった

麺は限りなく細いもの が好み

おいしい蕎麦は 蕎麦だけで食べる が良い。
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この おおくぼさんち は 福井では全く知られていない

ブログを検索すると 県外の人達 が多い

東京や関西から わざわざ はるばる 蕎麦の行脚に来られてる。

僕たち 福井人としては 恥ずかしい話です。

本物の 蕎麦を食べられるところが すぐそばにあるというのに

でも 決して 子供連れ 有閑奥様族がグループで押し掛けないで下さい。

そして ここ おおくぼ が 行列で整理券発行なんてなったら

ぼくは もう 行きませんし 決して そうはなりません

密かに 独りか 気の合う人と二人くらいで 訪れてください。

決して 皆に宣伝しないで下さい。

気軽に 教えてはいけない隠れ家なのですから。

ここは 蕎麦屋さんではありません。 おおくぼ道場 なのです。

こだわった人にしか教えたくないので

ブログ 限定  検索して来た人のみぞ 知る

こちら 名刺 です。





そして 隠れ家の 在処






では 蕎麦で元気の出る ハマG でした。
 

福井でこだわりのプリントといえば 

染型工房 横山工藝

タペストリー、暖簾 等 大判プリントは

オーダー ぷりんと屋

よさこい、祭り、ステージ衣裳のプリントは

オーダー よさこい屋








  

2010年07月09日

まだ 生きとります


仕事でお付き合いしている 武生の YDさんから

数ヶ月ぶりの電話

YD氏 < おおーい ハマちゃん 元気か? >

< はい なんとか 生きとりますが YDさん まだ 生きとったの? >

< ああ わしも体だけは何とか生きとるけど 仕事は 死んどる >

で 最後は お互い 頑張ろうな で電話は終わったが

<キーボードで 最後 と打ったつもりが タイプミスで 変換表示は 死後 でした >

で 何を頑張るのですか さて?
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その夜 延岡の KM から電話

時々 ポツンと 思いだしように電話かけてくる。

彼が 20歳くらいの時に 銀月アパートの15号室の 小さな部屋で 

僕と佐々とKMと 3人一緒に 数ヶ月暮らしていた頃からのお付き合い。

銀月15号室での彼のポートレート




つぎは 以前の 別れの準備 で書いた 青森の REI




どちらも同じ頃の銀月15号室でのスナップです。

このころは 皆 髪が長い 

皆 ヒッピーみたいな暮らしをしていた。

さてその 延岡の KMの電話

< はまやんか? 最近ブログ出してないじゃない。

なんか 入院でもしたんかおもて 心配なるじゃん >


< まだ 生きとるよ。 それなりに >
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今日 久しぶりに 丸岡へ 納品に

最初、YHへ 久しぶりのM君に ご挨拶

彼から 帰って来た言葉が

マダ イキテマシタカ?

それから あと何社かに 納品に行ったが

行く先々で皆一様に いやめずらしい お久しぶり と言う

こちらから先に まだ 生きてます と ご挨拶して帰りました。

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延岡の KMは ギター1本あれば 生きていられる。

今も、毎晩ギターを弾いているそうな

ジャズギターに ハマっとるそうな
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京都のころは ギルドのギターを一本かかえて 延岡から やって来た。

ほかに何も持っとらんかった。

< 洗面器なんか無くても 両手がある >

と まるで がばいばあちゃん のようだった。

その 裸の生き方に 僕は随分 教えられた。

そして いまだに 佐々のことを おかあちゃん と呼ぶ。
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京都 銀月アパートの頃 ぼくは 独り リュックを背負って

北海道に行った。 アルバイトしながら 4ヶ月

そのとき 彼は 元田中のアパート住まいだったが

一人残して来た佐々を 守ってくれていた。
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京都で その頃できたばかりの ライブスポット 磔磔 で

東京のボロというホーボー少年と KMが ギター一本でライブをやった

東京のボロはその頃 福生の米軍ハウスに住んでいて

東京に行った時そのハウスまで行ったが 彼はいなくて

若い奥さんが 小さな赤ちゃんを抱かえていた。

子供はもう30過ぎになるだろうな
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延岡KMに よく似た感じのミュージシャンといえば

ブルースの ライトニン・ホプキンス

手拭を首にぶらさげて ストローハット に サングラス

イエー イエー ヘッヘッヘ と笑いながら歌う あの ホプキンスに

よく似てる。

勿論 ブルースだって のりのりに 弾きまくる。

今は フルアコの ギブソンを お洒落に弾いているようだ。
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いつものことだが その夜も 焼酎のんで酔っぱらっての電話

こちらも 思い切り酔っぱらってる

彼は ノッテくると 延岡弁でまくしたてる。

そげんこつ……….  そげなこつ………………… なんばいうちょるか…………..

でも 九州の言葉は まだ たいがいわかる。 気持ちのよい喋り方である。

青森の REI と 同郷の KWに やはり あの頃 銀月で

二人で もろ津軽弁で話してみい と言ったとき

二人が喋った言葉は さっぱり解らんかったバイ

まだ 英語のほうが わかるトヨ。

この写真は 銀月のそばの疎水添いで撮った 

青森の KWと 佐々(イカリ)



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その 延岡の KMと 青森の REI と 青森の KW と他 何人かで 作った

on という 同人誌

Vol.1 の 表紙 (前にもブログで紹介しましたが)







次はモノクロコピーに色鉛筆で彩色
銀月アパート15号室の内側からの写真のコピー




これは銀月アパート前、めずらしく雪がうっすら白に
地下足袋の足跡



次は Vol.2 この時は僕たち福井に帰っていた頃かな?
北海道の屈斜路湖の想い出話を掲載
1976年の冬









次は Vol.3 これも1976年の冬となっているのがわからない
この号は 僕も 青森の REI も 青森の KWも故郷に帰り
京都に残った人達で作っている。
この号で on は終巻となる
元田中の駅で撮った写真を元に シルクスクリーン4色プリント。







どの号も 表紙はシルクスクリーンで刷られている。
中は リノリュームのハンコや フロッタージュ 手描き
モノクロコピー(当時出始めのころで、まだカラーコピーは無かった)
ガリバン 写真印画紙 デュプロというカーボンコピー
そういうハンドメイドな作り方しかできなかった。

今じゃコンピューターのDTP環境で いとも簡単に できる

でも これらの手作りの小冊子のほうが はるかに味がある。
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さて 生存を証明する為にも わけのわからんブログであってもも 

ちょくちょく出さんとイケン


むしろ 簡単なブログ

たとえば 今日は どこそこの まんじゅうを2個食べましたとか 

お買い物で xxx をゲットしました 

とかを 僕が書きはじめたら こいついよいよヤバいな

と思ってください。

ま 月一回くらいは  まだ それとなく生きてます  の一行でもよいから

出すか

イカリさんに その日の2件の電話のことを話すと

そういう 年齢になったということヨ と 一言で終わり。 

このブログ 銀月のカテゴリーに入れましたが

ぼくの裏ページ でもあるし 別れの準備 のカテゴリーでもある。 

では まだ 生きとる ハマG でした。
                     
  

Posted by hama G at 19:47Comments(0)TrackBack(0)銀月の彼方

2010年05月28日

Tシャツは 移動するメディア である

移動するメディアを展示する壁 WALL としてのTシャツ

しかも着て動き廻る 壁

白壁 赤壁 黒壁 紺壁 

色は限りなく豊富である
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Dylan の歌に カントリータッチな Wallflower というのがある。

Wallflower とは ダンス会場で 相手のいない女の子のことをいう

誘ってくれる男がいなく 壁を背に突っ立ってる もてない女の子

壁の花

花を持たせた ネーミングです。

相手のいない もてない男を

壁のシミ と呼ぶそうですから

花なら いいですよね

これは 壁にまつわる 余談でした。
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Tシャツに 手描きの絵、コラージュ作品、押し花 等々

プリントして 着て歩く いろいろありますが


さて 今回は 写真です。

お気に入りの写真をTシャツに 印画する。

写真を趣味にしている人はたくさんいますが

最近は パーソナル な アート写真家 が多く

レトロな 銀塩カメラ をぶら下げている女の子も多い。

トイカメラもたくさん出ていて 手軽な遊び道具です。

デジタルばかチョン、携帯カメラ に飽きた人の

ちょっとお洒落な小道具といったところか

バックに忍ばせた 口紅とちっちゃなカメラ


でも やはり ただプリントして眺めたり

部屋にピンナップしたり 写真帳にファイルしたり

私的に楽しむより もっと街に出る 宣伝する 展示する 自慢する

これ Tシャツほど 格好のアイテムは無いでしょう

洗濯して Tシャツをロープ干ししていても 

物干し台 は 風に吹かれる 展示会場 に変わります。

着込んでシャツ が ボロボロ になっても 

写真の部分を切り抜いて額に入れて飾る。

色褪せ、ほつれがあって、すり切れていても

その方が味があるし なにより 歴史 っちゅうものを感じるじゃないですか

アイテムは Tシャツ ばかりじゃありません。

トートバック、Gジャン、風呂敷、バンダナ、ランチョンマット

タペストリー、カメラバック 布素材であれば 何でもいい。

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プリントするモチーフは何でもよい

自分の 愛用のカメラの写真 でも、写真のコラージュ でも

彼女の写真 でも 自分のポートレートでも

自分のお気に入りの写真達を 眠らせておいてはいけない。

ランボオの 詩の一節じゃないが

< 眼を覚ませ! もう 真昼だ >

さて 前置き長くなってしまいましたが

始めましょう フォトT作り

まづ、 お気に入りの写真を用意します。



でも 写真だけをプリントしてもつまらない

写真を納めるフレームを準備。



写真をはめ込んで



ノイズを乗せ



ロゴ、サイン を乗っけます。



マスキングテープを貼って 出来上がり



Tシャツの色を変えてみる 次は赤T



黒Tシャツに インクジェットでプリント



濃色Tにも このように 白をプリントできる。

白い印画紙に 現像 定着 印画 するのです。

次は別のポラフレームで作成












以上 作成はフォトショップにて

プリントは 白インク搭載のインクジェットプリンターにて

自分の写真をポラロイドのフレームに入れてサインを書き込むといったことを

無料で自動処理してくれるサイト Polaroid stvle もありますし

Flickr には ノイズやレンズのダスト などの素材がありますので

それらを 利用すれば 簡単にできます。

次は Polaroid stvle でポラロイド風に加工したものです。

前回のブログの写真 夕暮れ空の飛行機雲をモチーフにして










Tシャツは 移動するメディア である ということで

写真印画のTシャツは 僕の肉体を駆動する

街へ出よ! 眼を覚ませ! と

…………………………………………………………

Tシャツ作りのお手伝いは 下記サイトにて

染型工房 横山工藝

タペストリー、暖簾 等 大判プリントは

オーダー ぷりんと屋

よさこい、祭り、ステージ衣裳のプリントは

オーダー よさこい屋


お問い合わせください。
  

2010年05月21日

カメラと僕とアナタ

写真の愛好家というかマニアが増えています。

デジタルカメラ に 銀塩カメラ

一眼、二眼、に トイカメラ

最新機種 に クラッシック

いまどき 若い女の子も古いアンティークなカメラをおしゃれにぶら下げ

なにげに パチリ
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この前 それとなく トイカメラを買った。

はまりそう

ホルガ Holga120GFN






ポラの電池が入ってるとこが こだわってる ホルガ

それから Polaroid Pro




こいつ ブラックで なかなかプロっぽい顔してる。

フィルムはフジフィルムのものが使える。


ポラロイドSX-70 はフィルム復活して うれしい




早速 白黒ポラロイドフィルムを買った

僕の SX-70 にはカラーが入っているのでこれを撮り終わったら

白黒で撮ります。

でもフィルムが高いナ

もっと皆が ゆるーい フィルムの面白さに気が付いて

需要が過激に増大していけばもっと安くなるかもしれないし

なにより フィルムが無くなる心配もなくなるのに

絶滅種というのは なにも 動物だけじゃあ ない
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ホルガは ブローニーフィルム を使う。

スクエア な写真がまた良い

フィルム買ったが まだ撮っていない。

二眼レフもブローニーフィルムだから

どちらにも使える。

ホルガの謳い文句が面白い。

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およそカメラとしての致命的欠陥を全てもちながら

「世界で唯一魂を持ったカメラ」と呼ばれる

カルトカメラのキング HOLGA

HOLGAの不完全さと、あなたの操作ミスが

とんでもない映像を生んでしまう。

ちゃんとしたカメラ好きなら決して寄り付かない制御不能で

とてつもなく魅力的なカメラ 

それが HOLGA です。



フィルム装填の注意書きには

蓋は完全には閉まらないので心配な方は黒テープを貼ると良い とある。

目張りするカメラなんて初めてだけど

堂々と書かれていると 憎めない

少し光りが漏れたくらいの方が面白い写真になるの とでも

言いたそう

失敗写真を支援するカメラといったところか

まじめに構図を決めて露出がどうのF値がどうのという

おじさんたちを馬鹿にしているようでもある。

遊びながらパチパチ撮りまくる方が

確かに面白い写真は撮れる

遊びをせむとや生まれけりの ホルガです。

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ホルガのポラロイド版というのがあって

POLGA ポルガ

ポラドロイド といい ニクイ ネーミング

姉妹モデルやオプションもたくさん出ていて楽しめる。

広角レンズ搭載機種は DEMEKIN でめきん という

ほとんど でっかい 一つ目ん玉の この デメ

透明な金魚鉢のプラパック に入っていて そこんとこが かわいい

他にも いろんな アクセサリー や 姉妹機 があって 遊び心 いっぱい

モット アソボ的 アナーキズム
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いつも使っているのはデジタル一眼レフですが

アナログ一眼からの癖でファインダーを覗いて撮るタイプなのですが

(決して 液晶画面を見ながらは撮りたくない)

最近ホルガの過激な思想に感化されて

ファインダーを覗かずに撮ることが多い。

確かに予期せぬ面白い写真ができる

イカリさんを撮る時も ファインダーを覗いて撮るときは

イカリさん 意識して 固くなるし 構えてしまう。

こちらもファインダーを覗きながら 妙にトリミングなぞを決めようとしている

これ 相手を撮っているというより 自分で写真を作ろうとしているようだし

余計な計算や欲やエゴが入ってしまう。

人間関係も同じ様なもので ファインダーを通して会話なぞしてると

ぎこちない関係になってしまう。

カメラも同じ仲間なのだ

カメラと僕とアナタ が 一緒に楽しみながら

一枚の写真が出来上がっていく。

そこが よい



イカリさんは カメラのことをよく知らないし 慣れていない

でもその方が 良い写真をとる

僕が画面の片隅に映っていて 空間がたっぷりある

余白の空気感がとてもよく出ている写真を撮ったりする。

で へたな知識や常道 といったものを捨てることにした。

カメラで遊ぶ

ファインダー覗かない方が カメラが喜んでいて

カメラくんが 写真を撮っている という感じがする。

僕が撮るからダメなのだ。 カメラにお任せする。

そして コンピューターの画面で初めて画像を見たときに

驚きの発見というものがある。

カメラの眼 で 世界を見ている感じで

ワクワクする。

プリントが上がってくるまでの ゆるーい 距離感 を感じる


ホルガとイカリ に とても過激で 素敵な撮り方を教わった。

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なにげにふと撮った夕暮れの飛行機雲



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撮りためたたくさんの写真の中で お気に入りのものがあります。

それを Tシャツや トートバックや ランチョンマット

額にいれて飾る ブックカバーにする

いろいろ考えてます。

Tシャツは

出来た

次回にアップ

しばらく お待ち下さい

全国の写真愛好家の方々に過激に

呼びかけ オルグし アジテートするために

ホルガもポラもデメキンももっともっと遊ばせるために

写真帳や押し入れのダンボール箱に幽閉されている多くの写真達の為に

写真に 自由を!


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その 銀塩を Tシャツ、トート に 定着印画 

それは こちら

過激に しかも 密かに 準備中

染型工房 横山工藝

オーダー ぷりんと屋

オーダー よさこい屋



  

Posted by hama G at 22:43Comments(0)TrackBack(0)銀塩の缶詰

2010年04月24日

Patti Smith  Dream Of Life

Patti Smith のドキュメンタリーDVD

Dream Of Life

映像はほとんど粒子の粗い白黒

ロストメモリーなテイスト ハードエッジな映像

とても よかったです。

特典映像も 紹介も 何も無い DVD

勿体振った アンコール の無い ライブみたいに

彼女らしくて 好きだ。

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この人のルーツ

ホイットマン、ケルアック、コーソ、ギンズバーク、バロウズ、ブレイク

ビートニク、ランボオ、ディラン


ビートニクでもありNYパンクでもあり

アジテーターでもポエット(詩人)でもありますが

アナーキスト、無政府主義者、無国籍 が相応しい






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NYの ストリート パフォーマー に

ローリー・アンダーソン がいますが

ローリー・アンダーソンはテクノ的朗読者で 論理的、構築的

パティ・スミスは詩的情念のアジテーターで 破壊的、破滅的

ローリー・アンダーソンは ゼロ? アンド ワン? の世界

パティ・スミスは ゼロではなく マイナス 負の 世界

マイナス、負、欠如、無、虚無

そして それら全てからの 解放 ですか

二人とも ニューヨーク を土壌にしなければ産まれなかった人達です。

どちらが好き? と言われても 困る

どちらも 好き

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パティ・スミス

とりまく 多くの親しい人達を亡くしています。

師、先達、友、主人、肉親を 数年の間に 次々と

DVDでの サム・シェパード との ホテルの一室での歌は 微笑ましい。

そして やはり チェルシー・ホテル での

メイプルソープとサム・シェパードとの思い出

作り上げたものより 亡くしたものの方が 深くて重くて そして 大きい

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Dream Of Life というタイトルのドキュメンタリー

最愛の人達を亡くした失意の時に渡されたという Poraloid Land 250

撮りまくっているシーンが多い

白黒の 4x5 の大判の ピールアパートタイプのフィルムを

ざーと引き抜いて ジャっと剥がすスタイルが サマになっている。


映像も白黒で 粒子が粗く、ボケぎみで 漂っている感じが良い。

メモリーとアートとラフなミュージック が 程よくブレンドされている

お薦めの ビターな一品です。
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そのヴイデオの冒頭の一節 長いですが 引用します

ポエトリー・リーディング風な ナレーションが流れる

< 私はアメリカの大都市シカゴで産まれた 第二次大戦の混乱の最中

すぐに妹リンダが産まれ 1949年一家でフィラデルフィアに越した

そこで弟トッドが誕生

1957年 ニュージャージー州 南部の田舎へ

家の前はダンスホール 妹のキンバリーが誕生

私は16歳の時 工場で働きだした

1967年 NYに出て ロバート・メイプルソープと出会った

1969年2人で チェルシー・ホテルに移った

1974年 <ピス・ファクトリー>を録音 

1975年 <ホーセス>

1979年 NYを出て デトロイトに移り住んだ

フレッド・ソニック・スミスと結婚 2人の子 ジャクソンとジェシーをもうけた

1986年 友達でピアニストのリチャード・ソールが参加し

<ドリーム・オブ・ライフ>を録音 カバー写真はメイプルソープが撮影

私たち2人の 最後の共作となる

1989年 メイプルソープがエイズによる合併症で他界

1991年 リチャード・ソールがリウマチ性の心疾患で他界

1994年の終わり 夫 フレッドが急死

その1ヶ月後 弟 トッドが急死

フレッドは 愛したデトロイトの古い船の墓標の下に埋葬

そこは私たち皆にとって 巡礼の地

記憶の地 帰るべき地となった >


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別れの準備 的 履歴である

でも 彼女にとって 別れの準備では 全くない

亡くなった友に 戦う歌を 捧げている

悲しんでいる暇なんて ないんだよ

やるべきことが まだまだ あるのよ

私が 命を分け合った人達の為に

と 生き様を吐出しているように思える

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彼女は 私 が強い  それは逆に言えば 自己防衛の現れ と思う

攻撃することで 身を守る

ディランには 私は 無い

I'm not There ボクは 何処にも いないぜ

私は 何処かに 置いておく

? 謎 として

A . ランボオ は

我 とは 一個の 他者なのだ 

と 言う

太宰 は

他者 とは 無数の我なのだ 

そう 言った訳ではないが

世間 世間! という人に

<世間って あなたのことでしょう?>

と 人間失格 で つぶやく

人間失格 Human Lost

僕は 勝手に そう 解釈しているだけかもしれないが

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この辺で  写真を

Patti Smith の写真集からの引用です

まず ランボオ の写真




ディランになりたかった 彼女のポートレート




泥棒日記 の ジュネ




Tom Waits もそうですが

Patti Smith は 立ってるだけで サマになる





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Patti Smith の音楽を 最近あまりまともに聞いた事は無いが

とても気になる フシギでミリョク的な 人です。


という ことで

オヤスミ カフカ オヤスミ 浜Gでした

オーダー ぷりんと屋

染型工房 横山工藝

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2010年04月22日

銀月アパート その参



銀月通信

銀月アパートに現在住んでおられる F さんからの コメント

前回の 銀月アパート その弐で紹介しました。


で Fさんから 沢山の 現在の銀月アパートの写真が

CD-Rに保存して送られてきました。

以下の写真は 今年の4月の銀月桜と生活模様です。

これらの写真は 多分一眼レフで撮られたものと思いますが

高画質でこだわりショットが多かったです。

ブログに掲載となるとかなり画質を落とさないといけないので

Fさんには申し訳ありませんが ほんの一部ですが掲載させて頂きます。

これは 今年現在の 銀月アパート内側からの通信です。


真ん中に映っている2階の窓が南西角の出窓









銀月アパート南西角の出窓から見た枝垂れ桜



銀月アパート西側の疎水の桜



銀月アパート玄関の掲示板



生活のすがすがしい匂い




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次は Fさんから送られてきた 桜の押し花 です。



CD 桜の花 封筒とマスキングテープがコラージュ風でした

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僕にとって 銀月を舞台にして

全く見ず知らずの方と 今と昔の交流ができたこと 良かったと思います。

次のブログは 多分 チェルシー・ホテル からみに なると思いますが

この チェルシー・ホテル に近い何か

空気というものが この銀月にはあります。

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僕が銀月に住んでいる頃

同人誌を皆で手作り 三月書房に置いてもらっていたりしましたが

その 友人 ワタル が言った言葉

<若いうちは特に 今でしか感じられない感受性があるんだ

一年一年 感性も鈍っていく だから 今の感性を全開にして 

今の瞬間を感じ取らないと駄目なんだよな >


彼と二人で <麦星> という 同人誌を作った。





京大くまの寮にいた Y君が彫った 木版一色刷りの 素敵な表紙です。

ワタルは2編の詩 僕は エア・ポケット という詩と

ディラン・トマス の 十月の詩 の訳詞を掲載

近くに 英国会館 があり ディラン・トマスの本や

彼の 詩の朗読レコードを借り オープンリールテープに

録音しておいたが テープは今はもう無い

ディラン・トマス は チェルシー・ホテル 205号室にいて

アルコールに溺れ 1953年チェルシー・ホテルのそばの路上でのたれ死ぬ。

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麦星(むぎぼし)は うしかい座にある恒星 アルクトゥルス のこと

春の夜空を代表する星として昔から親しまれている。

おとめ座のスピカが近くに輝いており

アルクトゥルスのオレンジ色とスピカの青白い色の対比から

アルクトゥルスとスピカは夫婦星と呼ばれ

アルクトゥルスが男性、スピカが女性だそうです。

日本では、麦星、五月雨星、麦刈り星、麦熟れ星など多数の和名がある

このうち、麦星などは、麦が熟れる頃になると

アルクトゥルスが昇ってくることから名付けられている。


以上、ウィキ調べ

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銀月 と 麦星 

どこか 通じ合っているものがあって 良い

ちなみに 月といえば

下弦の月 刃のように 鋭く細い月が好き

星 と言えば オレンジ色に輝く 麦星 が好き

と いうことで

今夜も オ ヤ ス ミ  カ フ カ

カ フ カ   オ ヤ ス ミ

で は

星に想いを の  ハ マ G でした。

オーダー ぷりんと屋

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Posted by hama G at 20:28Comments(0)TrackBack(0)銀月の彼方

2010年04月14日

廃墟 Desolation Row






Bob Dylan の Highway 61 Revisited というアルバムに

Desolation Row (廃墟の街) という曲がある。

<シンデレラは いかにも気楽に 笑いながら

 「あることを把握するには そのことを識る必要があるのよ」
 と言う。

そして

「此処じゃないんだよねぇ    それって 自分で見つけるもんだよね」 >

以上  勝手に自分で訳したもので 意訳(異訳?) なのですが。
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この前  テレビで  廃墟、軍艦島 特集を やってました。

廃墟 というのが 好きなもので つい最後までみてしまった。

若い人の 訪問者が多いのに ビックリ

軍艦島の当時の生活者や 年配のノスタルジーを感じて訪れる人が多いのかな

と思っていましたが ああ そうか そうかも という ヒントがありました。
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僕たちが育った頃は 未知で 知られざる 世界が多かった。

だから 恐怖心や好奇心や冒険心が旺盛な時代でした。

教科書じゃ、地球は丸い なんて言ってても 

俺たちフラットな大地を歩いてる

地球が宇宙に浮いて自転して軌道を描いて移動している?

回転なんてしてたら 振り落とされる  ゾ

この地球じゃ  飛んでる物も浮いてる物も いずれ落っこちる

なんで 浮いたまま動いてるのさ 

自分の眼で見ないうちは 信じない。

でも 今じゃ 地球を衛星から 高解像度に見れる

確かに地球は  宙に浮いてるし 確かに丸い

ということが 実映像で見れるようになった。

そうなると フシギ が無くなり 当たり前の事実になる。


でも 何かを介して見ているだけで 自分の眼で見ている訳ではない。

教科書に書いてあることと同じで 自分で体得したわけでもない。

新聞だってテレビ報道だって同じで

報道というより事実の報告に近い。

報道というからには 道というものがある

報告には 道といううもう一つ上のレベルがない。

淋しいこった

だから 新聞もテレビも ぼくは 鵜呑みにはしない。

本当かよ それって という見方でみている。

…………………………………………………………………….
さて、お月さんには ウサギさんが餅つきしてるでしょ

なんて ファンタジーが 全く無くなった


アマゾンの奥地には 人食い人種がいて とか

黄金の秘宝が眠っていてとかの 

得体の知れない  怖さとか 夢 とか 希望とかが 無くなった。

謎 で 不可解 で 知られざる世界 

夢 ロマン 冒険 そういった 少年少女を かきたてる 謎が 無くなった。

だから コンピューターゲームの空間で謎やファンタジーを追い求める。

でも それは 攻略本を読めば 解ける世界で

永遠の謎ではない。

……………………………………………………………………
ビスコンティの映画 <ルードヴィヒ> の最後に

<全ては謎のままで終わりたい。自分自身でさえ謎のままに…..>

というセリフがありました。

自分を いかに 謎 にするか

そこが ポイント

相手に  読まれたら ダメ

読めない オトコ に ならなきゃネ

……………………………………………………………………

話を戻します

その 軍艦島とか 日本各地の廃墟を訪れる若者たち は その 謎や未知に憧れているのではないかナ

僕たちが 小さい頃は 謎や未知だらけで もっと身近にありました。

こちら 今でもありますが 笏谷(しゃくだに)石の産地で

石の採掘のトンネルが 沢山ありました。

今でも 大きな縦穴が残っています。

錆びた鉄の梯子が ずーっとしたの暗闇まで続いています。


近寄ってはいけない場所ですが そういう処ほど 少年にとって魅力がある。

何人かで探検するぞ と計画を練って

ローソク、マッチ、懐中電灯、ロープ、ナイフ、チョークと用意して さて 探検ゴッコですが

いまでも 憶えていること


真っ暗のトンネルを皆が 恐る恐る ハグレナイように 歩いて行きますが

元の入り口に戻れるように 右側の壁にチョークで印を付けながら進みます。

穴は 単純に一本だけの通路ではなく 進む度に 枝分かれしていますが 

ともかく 途切れて 分かれていても 右側の壁にチョークしていけば戻れる

と信じ込んて進んで行きましたが

進んでいると思っていたはずが 随分進んでから

気が付きました。 

進んでいると思っているはずの 右側の壁に チョークの跡があります。

ああ 自分たちは 進んでいたと思っていたけど

同じところをグルグル廻っていたんだと気が付いた時に

誰ともなく 顔を見合わせ 恐怖におののきました。

そうなると パニックに襲われますが なんとか冷静に行動し 入り口に辿り着きました。


あちこちに そういう 危険で禁断の洞穴があり

冒険 探検 という 魅力的な言葉のもと 危険な遊びをやってました。

そういう場所は 今じゃ埋められ、柵ができ、立ち入り禁止になっています

…………………………………………………………………………….

今の子供たちには

眼をカッと全開に見開いても全く何も見えない 漆黒の闇も

その漆黒の闇に身を置き 神秘的で美しい星空を見ることもできない。

……………………………………………………………………………

さて 廃墟

廃墟は 役目を終え、打ち捨てられ 意味をなくし 繋がりを持たない 

意味と繋がりと位置と理由を強要され 行き場のない若者たちにとって

廃墟 とは むしろ 共感できる不思議な Zone なのかもしれない。

廃墟 というより ラビリンス (迷宮) かな

僕には 廃墟 のほうが 似合うが。

……………………………………………………………………….

銀月アパートも 自分にとっては そういうニュアンスがある。

亀岡の K と よく行った 三国の海岸

浜辺に打ち上げられた 漂流物

こいつらも 役目を終え、打ち捨てられ 意味をなくし 繋がりを持たない  もの

それらを拾い集めて 部屋に並べておく

ある意味 タイポグラフィー や コラージュに 近い

関連されてはいない物たちの配置によって

別の 世界が産み出されていく という意味で

……………………………………………………………………..

パコン パコン と 型押しで作られた物で育った世代

プラスティック世代といっても良いかもしれないが

何故か 旧いものに 郷愁を感じているような気がする。

骨董だとか アンティーク とは違った

身近な 生活雑貨的な 物たち

歴史や物語を感じさせる 物たち

そういうものたちに 囲まれていたい

そんな 感性の人たちが 増えてきている 気がする。

…………………………………………………………………….

イカリさんは こう言いました

< さっきから ハイキョ、ハイキョ  ってさかんに言ってるけど

その ハイキョ  って あなたのことじゃ ないの ? >


ん ーーーーーー ん

役目を終え

打ち捨てられ

意味をなくし

繋がりを持たない  もの

 か

< 価値あるものなら 文化遺産、世界遺産 になるけど

価値がなけりゃ ただの ゴミだわ >

返す言葉のない ハマ G でした。


このブログも やはり

カ フ カ 的 廃墟 の 世界     

ブラッドベリ の 短編集のタイトル

ウ は 宇宙船 の ウ

ス は スペース の ス


じゃないけど

ハマ G の G は Gomi の G 

と いうことで  では

オ ヤ ス ミ  カ フ カ
  

2010年04月10日

銀月アパート その弐

銀月アパートでの約37年前の生活模様は

前のブログ 銀月アパートその壱 で書き尽くした感があり

次の続編をどう書こうかなと思っていましたが

ある方から コメントが届きました。

コメントは 今のところ あぶり出しになっていて

コメント欄をドラック選択しないと現れてきませんので

このブログにて あぶりだします、

コメントも本来公開されているものですから許可取らなくても良いかなと思い

ここに掲載いたします。
………………………………………………………………………………………

<今私は銀月の一室をシェアで借りています。

シェアと言っても時間のシェアなので時々行って

一人で過ごすことが多いです。


まだ新参者ですので他の住人の方は知らない方が多いですが、

今でも皆さんシンプルで素敵な暮らし方をされているようです。

(音楽や芸術に携っている方が多いような)

この間はたまたま行ったときに南西角の出窓のお部屋で

10人ちょっとでお花見の宴会をしていました。枝垂れ桜は今満開です。

外はボロボロですが、それぞれのお部屋は思い思いに手作業で改装され、

私の借りているお部屋もとてもシンプルで素敵です。


当時のことを全く知らない人間ですが、

写真や文章から銀月アパートへの並々ならぬ思いを感じ、淋しい思いをされているということで、

現状をほんの少しお伝えできればと書き込みさせていただきました。


これからもまた話題に上るのを楽しみにし、

ブログを拝見したいと、思います。>

………………………………………………………………………………………


さて、嬉しいコメントでした。

前のブログで

<その 銀月アパートも メンテナンスをする人がいなくなったせいか

それとも 住民のコミュニケーションや みんなが お掃除をしなくなったせいか

ここ数年京都に行く度に訪れる 銀月アパートですが

老朽化はまぬがれませんが それより 質素でも生活のすがすがしい匂いのする

雰囲気が全く感じられず、いつも淋しい思いをして帰ってきます。>


の文面を気にして

そうではありませんよ、それなりに皆が自由で楽しい生活をしていますよ。

というコメントですが

単に僕は外側から勝手に判断していたようです。
………………………………………………………………………………………

僕たちが生活していた頃は 当時から 人気のアパートで

ともかく空き部屋があればすぐ手を打たないと入れないくらい全室詰まっていました。

ですから、急遽僕たちが入った北棟2階の15号室は決して良い部屋ではありませんでした。

このアパートで広くて良い部屋は全て角の部屋でした。

若い学生もいれば、サラリーマンもいれば、ヒッピーもいれば

老夫婦、老人の一人暮らし と いろんな人が暮らしを共にしていました。

長屋的雰囲気で 皆が助け合って 生活をシェアしていました。

特に南棟2階の住人は皆仲がよく僕たちもよく遊びに行きました。

南棟2階の南西角のおじいさんは 焼いた黒茄子に塩を混ぜたもので歯磨きしてました。

今は、多分 若いアーティストの方が多いようで

コメントをくれた F さんは お友達と一つの部屋を借りて

時間と空間をシェアしているようです。

Fさんと僕は 親子以上に歳は離れていると思いますが

同じ 銀月アパートを舞台にして

年月という隔たりをシェアしているように思えます。
………………………………………………………………………………………

僕たちがそこに住んでいる頃は 何の屈託もなく

普通の過ぎ去っていく時間の流れのままでしたし

特に、何かを感じていた訳ではありませんが

今になって思い起こせば 豊かで貴重な数年だったと思います。

ですから貴方が20年後、30年後に思い返して ああ、良かったなと思える

生活を満喫して下さい。 多分されてると思いますが。

僕たちが あの頃の あの銀月の空気感 と思い起こすのとは逆に

あなたが 年老いた時に 懐かしく思い起こせる今を創って欲しいと思います。

銀月(Silver Moon)はそういう場じゃないかと思っています。

どうか 銀月アパートでの今の生活をゆっくりと楽しんで下さい。

Res Comment Blog になってしまいました。

今の銀月の枝垂れ桜の写真を送って下されば嬉しいです。

このブログのに掲載したいのですが。
………………………………………………………………………………………...

こちら 今、桜が満開です。堤防の桜並木は圧巻です。

その 福井 足羽川(あすわがわ)堤防の桜並木の」写真です。






銀月アパート 続編は 多分、銀月アパートを取り巻くお話になるかと思います。

お楽しみに。
………………………………………………………………………………………
では 

頭髪も銀(Silver)

花に嵐のたとえもあるさ サヨナラだけが人生だ 

の 

浜G でした。
  

Posted by hama G at 14:30Comments(0)TrackBack(0)銀月の彼方

2010年04月04日

騙されることの 耐えられない くやしさ

僕の車にナビはない

僕の人生にもナビは無い。

もともと指図されるのいやなたちだから

………………………………………………………………

家ではテレビはほとんど見ない

ので 車でテレビ番組を見るはずもない

目的地にナビで到着というのも僕には合わない。

なので 僕の車に ナビは搭載されていない。

ナビる というより ナビられる が 嫌

………………………………………………………………

旧い人間ですから 自分の眼で見ないと気が済まない。

でも、自分を信じていると 自分に騙されることだってある。

だから 最近 自分をあまり信じないことにしている。

自分に騙されないために

………………………………………………………………

最近、物忘れが多い。

何かしようとしてその為の道具を探すのに何時間もかかる。

じゃ その道具を沢山揃えておけばと 買いそろえる。

とりあえず その時だけでも間に合えばいい 100均で

でも 100均で買ったものほど 以外と捨てない

で 100均物 あちこちに置いておけば何処かで眼に止まる

でもね それらを使っていけば 使い終われば同じ場所に集中し

これを また それなりに ばらして 分散化して置いておく

これは 僕なりに 大変な 保身術なのです。

たまたま 引き出しとかに 整理して入れておくと

普段そんなことしないので もう何処に有るかワカランようになる

仕舞うことこそ 始末が悪い

だから 整理しないことにした。

眼に止まるとこに 置いておく これが一番

………………………………………………………………

歳取ると 眼も疎くなり 老眼鏡はめないと 何も見えん

最近細かい文字のパッケージが多くて 老眼鏡を掛けてても見えん

レコードのジャケくらいのデカサならいいけど CDのジャケや解説になると

全く見えない。

ので 老眼鏡はめて ルーペで見る

これ 淋しい

でも 最近あったこと

老眼鏡はめてて 老眼鏡を捜していた

これ もっと淋しい。残酷ですらある。

……………………………………………………………………………

さて 前置きはこれくらいにして 本題の ナビのお話 です。

ナビを搭載していませんが

亀岡の友人 K の葬儀 に行った時のお話です。

葬儀はその日のお昼の12時半からの予定で

僕とイカリと、息子と助田さんと4人

ゆったりと長距離を1000円で走れる車を持っていないので

会社のセレナを借りての出陣です。

福井を朝の9時に出れば 遅くとも11時半には着くとタカをくくっていた

………………………………………………………………
 
順調に走り、目的地すぐ近くのコンビニで 喉を潤し 用を足し

あと30分くらいだから ゆっくり行こうや と出発

ところがです これからが このブログの本題

ここ数年 亀岡の K の家に行ってない

道路も変わっているかもしれん。

ナビって使ったこと無いけど こういう時は便利かもしれん。

と ナビ に頼ることにした。

………………………………………………………………

そこから すぐの所ですが たしかこの辺で曲がったなという所を

ナビはまっすぐの道を冷淡に矢印しています。

私に逆らうと 大変なことになるぞ という モード

黙って わしの言う通りに走れ さもなくば地獄を見るぞ か

でも ナビ君 今まで 通ったことも無いくせに

次の信号を左に 右に と よく指図出来るもんだワ


でも最近、道路も新しいのが出来て 近道の広い道路でも出来てるのかもしれん

ナビの方が頭も新しいし 情報だって最新のもんジャン

と そのまま 言われるままに まっすぐ 走ります

ところが すぐ山道を昇っていくことになりました。

いやこれ ちょっと 待てよ やばいかも と思いましたが

引き返そうにも 道が狭くて 急な坂道で通行量も多く Uターンができない

まあ いいや ナビさま にお任せして 行くとこまで行こか

と もう 

ここまでくれば ナビにお任せ 100%のモード になりました。


変換モード って 面白いもので

それまで 自分のスタイルで行動してきたのに

お任せ となると それこそ 自分を消すしかない

主から従 へ 私から 貴方へ 

私は貴方に 命捧げますモード になる。

………………………………………………………………

そのうち これって 山の外周を一回りして目的地に着くんじゃない?

と 一応 ナビ様を 心の内で 気が付かれないように 密かに疑いましたが

Walk Don't Run 急がば廻れ 

まあ 時間には余裕あることだし ゆっくり 安心 が 一番

きっと ナビ様のことだから 時間は多少かかっても 確実に案内してくれる と

走りに走りましたが なんだか どんどん道は狭く 人家は少なくなっていきます

ンーん ヤナ 予感 

そのうち ナビくん 全くの だんまり 

モニター画面の地図だって さっきまで 右に左にと勝ち誇ったように矢印出してたのに

画面 真っ白 音声は 無音

なあナビよ いい加減 ワカランでもいいから 喋れや 

あとは お任せします くらいのアナウンスでもあれば 

お前でもワカランか そうか そうだろ と

こちらが勝ち誇れるじゃないですか

この だんまり は 謝っていない 完全に放棄してる!


さて 騙された と気が付いたときはもう遅い

ナビなんかより この辺の人に聞くのが一番 と

細い山道を登っていくと 行き止まりのバスの折り返し広場に

バスの運ちゃんに 湯谷へはどう行けばいいの? と聞くが

さあな  ユ  ヤ ?  ワカラン そこの道を降りて里の人に聞けば という

バスの運ちゃんなら ここから遠くもない地名くらい解りそうなもんだけど とぼやき

車一台がやっと通れるような急な山道を降りかけたが

なにせ 30度くらいの下り坂

先がL字の道でその先に道があるかどうかわからない

無ければ この30度の坂を バックで登るのはきつい

で 息子に運転を替わり 僕は車から降りて偵察に

道は 嬉しいことに繋がっていて 少し降りると広い道になった

近くで遊んでいた子供たちに 湯谷って知ってる? と聞くと

さあ? 下の部落で聞けば解るかも と

上で車を待たせてあるが この坂を戻るのは過酷だわ と思ったが

まてよ 携帯があるじゃないか

この時ほど 携帯電話のありがたみを思ったことはない。

連絡し 車が降りてきて、同乗し、下の部落まで

都合良く 宅急便のターミナルがあったから

ここで聞けば 一発解るぞ と 車を降りた

ところが 

さあ 聞いたことあるとこやけど 多分ちょっと下がった

その道を左に曲がってしばらく行くと たしか 湯谷へ という看板が

あったように思うんやけど ナ

という 実に 曖昧な返事

それほど遠くはない所なのに 宅急便の運ちゃんが解らないというのは

余程の 僻地なのか こいつらが僻地なのか 

その道に出たら おお 見慣れた道に出たじゃあ ありませんか

んーん 蘇ってきたぞ この道 この風景 ということで

それから まもなく 到着しましたが すでに 葬儀開始の12時半でした。

なんとか間に合ったものの この1時間半の走りは 何だったのでしょうか?

これ 多分 K の策略 じゃないかと 思ってしまった

おれに 逢いに来るには 遠回りして 時間掛けてくるもんじゃ

すんなり ストレートに 遭えるはずはないだろ

まだ 100年 早い!

エ いくら遠回りしても 100年は こっちの命がもたん



ナビゲーション って 身をゆだねて 安心して 信頼してという

優しいニュアンスの言葉ですが

どっこい 甘い言葉に騙されちゃぁいけない。

どこに連れて行かれるか わかったものじゃない。

それ以来 僕は 頭の疎くなった自分でも

とりあえず 信じることにした。

ナビにも人にも騙された一日でしたが

自分のぼけた頭のほうが かわゆく思えた一日でもありました。


今はもういない 亀岡の友人、K の 夢の話 も

馬鹿の寄せ鍋の話 も そのうちに。

このての お話は やはり カ フ カ  可 不 可



カ フ カ  お は よ う 

お は よ う  カ フ カ  で す 。






で  は 

騙すことが得意な ハマG の 完璧 ダマサレタ お話でした。

.........................................................................................................

オーダー ぷりんと屋

染型工房 横山工藝

オーダー よさこい屋
  

2010年03月22日

夢の地図






前回の 夢ブログ に懐かしい Wajin 様 からコメントを頂きました。

が コメント承認すれば アップ されるはずなんですが

そのコメントが表示されていません。

確かに、comment (1) となっていますが

下の欄は 真っ白の空白 であります。

ナニコレ モード でしたが 

ブログ管理者側からは コメントの実表示が見れないので

自分のブログにアクセスして あれこれやっていたら 偶然 気が付きました。

コメントの下の 大きな空白部 を全体選択すると

出てくるのです。選択背景に色が付く ことで。

これ あぶり出し というやつです。

白の背景に白文字で書かれているのです。

写真でいうと 現像 なのです。

画像は記録されているのですが そのままでは見えてこない

特殊な液や熱などで浮かび上がってくるという世界です。

この あぶり出し

これが 夢世界 ナノデス

ファックスなどに使われる 感熱現像

熱を加えることで白黒の文字や画像が浮かび上がる

ソレ 

夢 だって 眠り液(?)や 熱 や 想い で現像 される

の カモ しれない。

でも 今回の wajinさんの コメントが表示できないのには 困りました。

いろいろ設定とか出来ないか探りましたが

設定出来ない ワカラン!

そこで コンピューターのことはさっぱりわからない イカリさん に話すと

それって 面白いわよ! コメントは白文字で書いてもらえば反転して出てくんじゃない? と

発想は僕も賛成なのですが 白文字で書けないよね

どしたら よいの ティーダ様

でも これ 面白いので

そのまましとく か

あぶり出しで見て下さい。

秘密の夢地図 です。

……………………………………………………………………………………………………

そういえば 夢は あぶり出しかも

自分でも気が付いていないことが 自分の中に書き込まれている

それが あぶって そこはかとなく 現れる

……………………………………………………………………………………………………

記憶の仕組み のことを 以前考えたことがある

人は 全てのことを記憶することは出来ない。

ではどのように 記憶するのか ということですが

ある ポイント ポイントを 記憶する仕組みになっているのではないかな と

そのポイント とは 刺激であったり 強いインパクトのあることであったり ですが

頂点(コンピューター用語でいうと フラッグ あるいは インデックス)として インプットする。

その頂点をトップに裾野の広いアバウトな記憶をそれなりにプールしていくいう感じ

その裾野部分は曖昧な記憶で 同窓会や友人との場で あん時どうだったと話ている間に
 
そうだ そうだ そうだったんだ そうだったかもしれない で 蘇るシーン

だから頂点から下の裾野部分は ひどく いい加減 で ファジー で 

だからこそ 薄めて(というか jpeg圧縮 で)貯めておく

でもバッファー(貯蔵庫)の容量も限られていて

古い順、低い順から押し出され、忘れ去られていく

でないと 逆に 何十年も記憶なんてできないよね

………………………………………………………………………………

夢で見るもの 感じるもの ひとそれぞれ

ウカムさんからメールで 

< 私も夢はフルカラーです。 香りだって嗅ぎ取れます >

 と あった。

僕は 夢の中で 香りは あまり無い

音に関しても 無い。

イメージ的映像 が ほとんど

でも 感触の質感みたいなものは ある

人 それぞれの個性で それぞれの 夢 を見ているところが面白い。

…………………………………………………………………………………

人の記憶 は

匂いや音や感触の方が より残るし 記憶されやすい何か であるとは思います。

以前、何かの本で読みましたが

人が人になる前の 原初的な動物のころの 感覚的で動物的記憶

音や匂いや感触や気配 それが 人の深い記憶の中にあり(一次層みたいなもの)

最も 消し去ることの出来ない 根源的記憶

それに比べて 映像は 容量がでかすぎて 記憶されにくい

だから 写真やビデオで残したがる 

人は イメージ という 軽さ で記憶庫にしまい込む。

……………………………………………………………………………………

最近見た夢で思ったこと

何度か 同じ場所を 夢の中で訪れている

そこは 現実の地図の中にはなく

僕の夢の中だけにある 街や風景なのです

僕の 夢の地図 のなかにある ある場処 なのです。

……………………………………………………………………………………

Apple の iPod Touch iPhone 用アプリに

夢辞典 なるものが 出てきました。

面白い と思いますが

僕は 自分が見た夢を検索して 何を象徴しているか ということに

興味がないので 夢判断 を開いたことがありません。

夢は夢のままに 夢と共に 

と いうことで

今回の 夢ブログを 終わります。


さて 私が所属する 横山工藝 の新しいサイトがオープンしましたので

こちら 見て下さいネ

では ハマG でした。
……………………………………………………………………………………

オーダー ぷりんと屋

染型工房 横山工藝

オーダー よさこい屋
  

Posted by hama G at 19:31Comments(2)TrackBack(0)夢の領域

2010年03月01日

夢めくり




随分お世話になった 久米繊維さんのサイトから

こちらに引っ越しして来たのが 1月末

いまだに お年賀ブログでは 具合が悪い。

旧正月かよ と怒られそう
..................................

はじめまして はまG と申します。

これから こちらでお世話になります。

宜しくお願いいたします。
..................................

さて、昨夜というより今朝見た夢のお話です。

沢山の夢を見て、あいだ あいだに 目が覚めて

その度に 見た夢の反芻をしていましたが

見た数が多いので 押し出し式に前の夢を忘れてしまった。

最後に見た夢ははっきり憶えているが

よく記憶に留めておかなくては消えていくのが夢で

朝食の時、イカリさん(わが女房、過去の京都時代には 佐々 という)に

必ず話をして、再度 夢の内容を 焼き付けることにしている。

今朝は イカリのタイからのおみやげのクルミパンを食べながら 話した

イカリさんは年に一度のタイ参りをする。まだ熱くはないタイへ

飛行運賃の安い2月に

彼女が買ってきたおみやげは 今度 また ご披露します。

..................................

その夢 その壱

見晴らし塔のような 木造の背の高い工場の

てっぺんの部屋 といっても吹きさらしで 地上階も見通せる建物

ドアの無い入り口から地上まで 細く長い木のハシゴが伸びている

そのてっぺんの部屋 といっても 隙間だらけの荒い無垢板の床

背の高い 三角錐型の 木造の掘ったて小屋 という感じ。

そこで、直径1メーターくらいの木の桶に水を張り

インクを何種類か入れて 軽くかき混ぜ

墨流しの如く 布に むら染めをしている夢

これがまた 良い具合に染まり

オレンジ色の太いストライプが何本か横に流れていて

そのストライプとストライプの間に 筋のような細いランダムな線が

幾本も縦に染め上げられている。

蜘蛛の糸のように細い線というか 筋のよれた流れが

とても 美しい

その布を水の桶に入れて定着させ(水では定着しないが そこは夢)

も一度別の桶にインクを入れて染め上げようとしますが

今度は 白インクを入れるのです。(染めで白というのはありませんが これもまた夢)

そこで 場面が変わってしまった。

染め上がりの感じを見れなかった。

もう起きねばならぬ 続きはまた今度 か

..................................

場面が変わった後は なにか アメリカのコンビニ風のレジのところで

店の人が ディランの 7インチEPレコードを 手に持っていた。

このジャケットが黒地に細かい斑模様でした。

この夢が出て来たのには原因があって

以前 ディランの EPレコードを片付けたのだが 何処へいったのかわからず

随分長い間捜していた。この前ゴソゴソしてたら出てきましたね

BASF のオープンリールテープのプラスティックのケースの中から。

中味のリールテープは前に処分済みで この中に仕舞ってあったのです。

そのレアなレコードがこれ オークションでは高値です。






ケースには <Bob Dylan &The Band>の <The Basement Tapes>とシールが貼ってあった。





なるほど 地下(Basement or subtarenian)に眠っていた訳だ。

..................................

夢をも一つ憶いだした。

こちらの夢の方が面白い。

夢のまた夢 というより

夢を見ている 僕を また夢で見ている という感じでしょうか

その夢の内容を記述し 読み返し イカリさんにも確認しましたが

ワカランワ! そして 僕には解るが

読んだ人には解らんだろうな と 結論

一応、解らんでもいいから 説明しますと
..................................

夢の中で白黒の大判の写真集を見ている。

そして 僕は 夢でこの写真集を見ていることを はっきり理解している。

夢の中ですが 僕は今夢を見ているんだということを 意識しているということです。

というのは 

夢ではなく現実に雑誌のページをめくれば めくるたびに

写真は現れてきます。当然のことですよね。

でも 夢の中です。ペラペラとページをめくって

瞬時に写真が次々に出てくるのかなと

夢が そんなに早く絵を繰り出してこれるのかなと

絶対 タイムラグはある筈だし 種も尽きるだろうと。

夢の中で ぼくは 夢に挑戦しているのですが

夢のやつ 何事も無かったかの様に

現実に本のページをめくっているかのように

次々と写真を出現させるのです。

ぼくは 意地になって パラパラ速度 を増してページをめくりますが

なんの なんの 見事に 見せてくれます。

僕がページをめくるより 早いのかもしれない。

その写真は 抽象的なイメージ写真という感じですが

どの写真も同じではなく、僕が以前にどこかで見た物ではない。

夢のオリジナル作品集なのです。

ぼくは そんな筈はない、夢にこんな芸当できるわけがないと

目を凝らして というより 寝てるので 意識を凝らして

見ているという そんな感じの夢。

夢の中で 完璧 醒めた状態で 夢と格闘しているという夢でした。

解りましたでしょうか? みなさん

説明が 難しい 内容の夢でした。

みなさんが 僕の夢の中へ 入り込んで来てくれたら

ぼくは 夢の中で この夢を上映しながら説明できるのですが。
..................................

イカリ 曰く あなたにも解らないことを

私や読者に解る訳無いでしょ

そうなんですよね

この夢を見て 一つ なんとなく思ったこと

夢という主体があるわけではないということ

夢を見ているのではなく

見ていること自体が 夢なのじゃないか と
..................................

精神だとか、言葉だとか、想い といった 形の無い姿でしか

入っていけない 領域 があります。

夢の領土には 眠り というパスポートが 必要なようです。

死は 完全な眠り ですが そういう意味では

死んで 完璧な夢の世界に 入っていくのかもしれない。
..................................

イカリさん

あなたは 現実を 夢みたいに思ってるし

夢が 現実なんじゃない?  って

そうかもしれない
..................................

夢は白黒かカラーか といった論議が以前にあった様に思うが

夢は カラーです。 少なくとも僕にとっては

色で印象的な夢はよく見ます。

今回のオレンジ色のストライプもそうですし

過去にみた 古代ガラスの 深い深い 青 

夢が 白黒である必要は全く無い
..................................


今年の年賀状である人から一行

<おまえのブログはさっぱりわからん!>

そうさ このブログはもっと わからんばい。

ということで

カフカ おはよう 。 オ ハ ヨ ウ カ フ カ です。

夢見る はまGでした。


夢見る 職人によるアートな サイト

染型工房 横山工藝 

夢見る 職人による華麗な よさこい衣裳は

オーダー よさこい屋
  

2010年01月01日

お年賀2010

2010年

開けましておめでとうございます。





3回目の お年賀ブログになります。

去年は 8月に 親しい友人が亡くなり

9月には 孫が産まれ

生 と 死  喜び と 悲しみ

人生の 裏と表 を経験した 一年でした。

一年の始まりです。誕生の喜びの話から始めたいと思います。

...........................................................................................

孫の名前は 楓士(ふうと)

息子夫婦が付けた名前です。

考えてみれば 約30年周期 で 子と孫が産まれています。

この30年を振り返ると いろいろなことがありました。


横山工藝に入社してからも30年余りになります。

やく10年周期で 仕事の内容も世相も変わってきたように思えます。


生き物は体の大きさによって心拍数が変わるといいます。

小さいほど心拍数は多いのですが

楓士は大人の2倍くらいの心拍数です。

2倍以上の密度で生きているように思えます。


30年後 楓士はどういう生き方をしてるでしょうか?

地球や世界や政治がどうなっているかは解りませんが

せめて 家庭が楽しく生活できる 場とマナー の基盤を作っていきたい。









これ 楓士と モビルスーツ

2枚目の写真 頭の毛は薄いですが 旋風頭(せんふうと)


まだまだ できそこないのロボットのようですが

この世に産まれてきて

未知の世界との新しい体験を経て

脳のなかに地図を作り

言葉を憶え 歩けるようになり 自立していくための

必死の努力をしているようで

日々変化していく様子を見ているだけで 楽しいです。

......................................................................................

さて 以前に中古で買った ポラロイド SX-70 LAND CAMERA

ALPHA 1 MODEL2


外装の黒革がボロボロになっていますが 中はきれいです。

革は自分で張り替えるつもりです。





結局一度も撮影せずに置きっぱなしになっていました。

フィルムが製造中止になったため もうオブジェかとあきらめていましたが

フィルム製造復活のうれしいニュースを見て

減光フィルターをAmazonで買い、期限切れ600フィルムをオークションで買い

お正月は家族5人の写真をポラロイドで撮るつもりです。


孫の楓士は 高画素数のデジカメに例えれば

わたし ポラロイド ならぬ ホラ(法螺)ロイド


さて 今年の一句

デジカメに 負けてたまるか ホラロイド


ネットで拾ったソフト

デジカメ写真をドラッグすると ポラロイド写真のように

白枠付きで しかもポラロイド風の色調にしてくれる。

名前が POLADROID (ポラドロイド)

アンドロイドみたいなニュアンスがまたよい

しかも ポラロイド写真のようにゆっくりと 像が浮かび上がってくる演出が

ニクイ


次は Amazonで買った本

THE POLAROID BOOK  TASHEN出版 ハードカバー350ページ





ポラロイド社の写真コレクションで 写真がすごくよいし 値段がすごく安い

LOST な テイスト  お薦めです。

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去年10月より 家族5人の同居生活。

年末ににかけて完全な引っ越しを実現

同居に伴い お互いの荷物を 相当処分しました。

僕も 本、レコード、ビデオテープ、レーザーディスク、家具、衣類と

大量に処分しましたが まだ 大量に残っています。


こういうことでもなければ 思い切って物を捨てることはできませんが

今年一年はさらに身の回りの整理をするつもりです。

身を軽くすること それが 別れの準備 ナノ


初めての家族5人のお正月です。

天気はひどく荒れそうですが

家族の気持ちは 晴れやかです。

皆さんにとっても よいお年になりますように

浮きウキオ の 浜 でした。

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2009年11月26日

別れの準備-6


随分前になるが 朝 8時頃 福井の自宅の電話が鳴った。

” 浜やんか もう あかんワ さよなら ありがとう ”

それだけ言い残して電話は切れた。

京都の友達、A子 ちゃん

僕は会社に行く前 どうしようかとたじろいだ。

今から京都まで車を飛ばしても間に合わない。

すぐ、京都の友達に電話をした。

事情を話して すぐ彼女のところへ駆けつけてくれ と

それでなんとか無事に収まった。

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彼女は 京都 岡崎のアパート 北白川の銀月アパート の頃からの友達で

佐々は 彼女のところへよく遊びにいっていた。

彼女 カナダの離島のコミューン へ独りで行ったときの話ですが

お父さん(福井出身の方でした)に見つかると止められるので

2階の自分の部屋から荷物を外に落とし

玄関からゲタ履いて ちょっと出てくるワ と

カナダまて 行ったそうです.

そんな すごい行動力の持ち主でしたが

僕たちが福井に帰った頃

日本に陶芸を学びに来ていた北欧の人と知り合って

京都の山奥の周山に窯を作り 二人きりでこもることになったせいか

そこで 鬱病になってしまいました。

福井からよく二人のところへ遊びにいきましたが

鬱病も進行し、彼が国に帰ることになったため よけいに悪くなったようで

人にも会えず、外にも出ず 生活保護でなんとか生計をたてていました。

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朝の電話の件は 無事に済みましたが

それからは 佐々と二人で電話をよくかけ 出来るだけ長々とおしゃべりしました。

気心の知れた友達と話しているのが 一番 心が和む と言ってました.

彼女 こんなことを 言ったことがあります。

” いつも 死ぬことばかり考えてた。

そして裏山に登り ずーと川を眺めているの。

ある時 気がついたワ  ああ 川の流れの様に

心も流さんといけんのや と ”


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DVD で映画を見た The Bridge というタイトル





ブリッジとは サンフランシスコの ゴールデン・ゲイト・ブリッジ のことですが

この美しい橋を舞台にした 自殺のドキュメンタリー映画でした。

海面までの距離66メーター 自殺者の数1300人以上(世界最多)だそうです。

映画の中で ある若い男の人が言っていたことが印象に残りました。

死ぬことばかり考えていたが 飛び込んだ瞬間に 生きたいと思った

宙を舞いながら助かることを考えた。

頭から突っ込むか、足から突っ込むか と


結局、足から突っ込んで かなりのダメージを受けながらも

命は助かったようです。

映画の中では 自殺する前に よく 携帯電話で 電話をしています。

別れの準備 というより サヨナラの挨拶 のようですが

パソコンでメールを送ってからと言う人もいますし

直接のコミュニケーションが苦手な人や 鬱病の人も多いようです。


でも 亡くなった人は そこで 終わり になりますが

残された人は そこからが 始まりです。

あの時 ああ言っておけば良かった とか ああしてあげてれば とか

表情も言葉も帰って来ない人との 悔いの長い対話 が始まります。

愛していた人や子供だったら どんなに苦しい対話になるかわかりません。

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この映画の監督が特典映像のインタビューで

”どんなに大変でも生きていかなければと思う人と

もう一日だって耐えられないと思う人との

境界線はどこにあるのか”


”この橋では 常に自殺が起きている

白昼に<アメリカの宝>と言える場所でだ

しかも周りには人がいる

公の場で自殺するという行為は 他の自殺と大きく異なる

概して通常は人に見られない場所で自殺する

寮の部屋 浴室 ガレージ 納屋 森 といった場所が多い

だが この橋では人に見られる”

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こちら側の世界 と 向こうの世界

此岸 と 彼岸

この 境界に渡すものとしての 橋

それが この映画のタイトル Bridge   の意味だと思う。

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楽しいことは 揮発性で 上に昇っていく

一日のうち楽しいことが一つでもあれば

その日一日は とても楽しく心は軽く舞い上がる。

でも 揮発性 だから そう長くは持たない

一晩寝ると メモリー はリセットされて ゼロになる。


苦しいことは 沈殿し圧縮されていて 重い

だから 一週間は 引き摺ってしまう。

人によっては一生かも知れない。

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ふさぎこんで 死ぬことばかり考えていると その気持ちが

どんどん加速、増幅していって 死 に取り込まれていくようになる。

ブリッジの話も 川の流れ の話もそうですが ある 転換モード を経験すること

そのきっかけは 人 様々 だと思いますが 廻りの私たちにも

お手伝いできることがあればと思います。

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この映画を見て 彼女の電話 のことを憶いだしました。


最近は 電話をしていませんが 年に一度の年賀状は届きます。


  

Posted by hama G at 21:20Comments(0)別れの準備

2009年11月12日

銀月アパート-その壱

35年くらい前に 佐々と二人で 銀月アパートに住んでいた。

当時、皆は 銀月アパートと呼んでいたので

銀月アパートメントより この呼び名の方が馴染みがある。







このアパート 映画 クローズド・ノート で話題になりましたが

僕にとっても クローズド・ノート

閉じられた過去の1ページ

My Back Pages ということで

僕なりの思い出を綴ります。

銀月アパート その壱です
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最初にこのアパートを知ったのは 岡崎に下宿している頃。

友達の イッペイ君 が 銀月アパートに住んでいた。

同人誌 ディスタンスの 仲間で 時々、彼の部屋に遊びにいった。

銀月アパート 北棟の一階 一番西側の角の部屋 でした。

彼は美大を出て絵を描いて それとなく自由に暮らしていたので

質素でアートな雰囲気の部屋でした。

自作の歌を生ギター弾き語りで聞かせてくれました。

彼の部屋でよく憶えているのは パーフェクションのストーブ

電気を消して天井に映るストーブの模様がファンタジックでした。

僕も福井に帰ってからパーフェクションのストーブを買い

今でも愛用しています。

イッペイ君 はそのうち引っ越していきましたが

僕と佐々は 1974〜5年頃に 岡崎の下宿から 銀月アパート に移ります。

北棟の二階の階段上がってすぐ左の部屋 15号室でした。

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その 銀月アパート 映画の クローズド・ノート で話題になったので

DVD 借りて見ました。






映画そのものはたいして面白くもなかったですが

ストーリーや配役は 無視して

背景の 京都の 町並みばかり 見てました。

あの 万年筆屋さん 寺町二条上がるの あるお店ですが

随分以前に 気になって撮った写真が出てきたのは これ







昔は何かのお店だったみたいですが いつも白いカーテンが掛かっていた。

京都にいる頃は よく行っていた 三月書房 という本屋さん

その丁度 斜め向かいにある お店でした。

この 三月書房 は思想、哲学系の 知る人ぞ知る こだわりの書店です。

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この映画で 銀月アパートが出てきます。

映画での 南棟の階段 と リュウ の部屋ですが

この リュウ の部屋は 廊下と扉だけで





中の部屋は スタジオのセットでの撮影のようです。

銀月アパートの部屋は あんなに広くはなく もっとシンプルなものだった。

そして廊下の突き当たりの部屋は たしか6号室

これは映画では目隠ししてありました。

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映画は映画なので 映画の話はそれくらいにして

この 銀月アパートに越して 沢山の友に出逢いました。

その目隠しの6号室の くんちゃん 彼女 イギリス製の自転車に乗っていて

僕のバイト先の近くで 当時、古着屋 という屋号で 古着屋 をやってました。

佐々は彼女から随分いろんなことを 学んだようです。

非常にエキゾチックな魅力の女性で 部屋には 一面 漆色の籐むしろが敷いてあり

数冊の本が床に置いてあるくらいで 生活臭のない きわめてシンプルな部屋でした。

その後 風の噂では スペインのフラメンコギター奏者に恋をして姿を消したようです。

も一度 ふっと どこかで 逢いたい人です。

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南棟いちばん西の部屋には 前のブログ REI  の親友 青森出身のコウジがいて

その南隣の部屋には ケイとケン という若い同棲の二人がいた。

北棟の一番東の部屋には老夫婦がいて いろいろお世話になり

一緒にお茶を飲んだり、おしゃべりしたり のどかで楽しい日々を過ごしていました。

大家さんは 以前、進駐軍の通訳をしていたようですが

今は息子さんのいるカナダで暮らしていると聞きましたが

当時は、南の庭で ミツバチを飼い、網を被って蜂蜜をとったり

夏には 屋根のコールタールを塗ったり、

焚き物でお風呂を湧かしたりと 微笑ましい生活をされてました。

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その 銀月アパートも メンテナンスをする人がいなくなったせいか

それとも 住民のコミュニケーションや みんなが お掃除をしなくなったせいか

ここ数年京都に行く度に訪れる 銀月アパートですが

老朽化はまぬがれませんが それより 質素でも生活のすがすがしい匂いのする

雰囲気が全く感じられず、いつも淋しい思いをして帰ってきます。

どんなに時代が変わろうと 一番大切なことは 変わってほしくないのですが。

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このアパート 共同の炊事場、共同のトイレ(水洗ではありません)

お風呂は近くの銭湯 でしたが なぜか 都市ガスは引いてありました。

次の写真は その15号室の内側から撮った写真ですが

一口ガスコンロと フランス製セブの圧力釜、ロッジ社の鋳物のフライパン/スキレットに

小さな白い冷蔵庫 だけの生活でした。





貧しいからこそ、友達も多く皆で生活を分かち合い、助け合う生活でした。

ネイティブ・アメリカンの言葉ですが

奪い合えば 足りなります 分かち合えば 余ってきます。

これは物質的なことだけではなく 精神的なことにも言える言葉だと思います。

苦しいことは人に打ち明けなさい。そうすれは 心は軽くなります。

楽しいことは 人に伝えなさい。 分かち合うことで喜びはさらに大きくなります。


これも ネイティブ・アメリカンの言葉です。

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さて このブログも長くなりそうです。

銀月アパート シリーズは さらに続きます。

重ねた歳だって 分かち合いたい ハマジイ でした。
  

Posted by hama G at 20:24Comments(1)銀月の彼方

2009年11月08日

別れの準備-5


イカリさんが 以前にラジオを聞いていて成る程とおもったというお話ですが

死に逝く為に できるだけ身を軽くすること

それが 物忘れ だと


最近、ワタシ 物忘れなんて ひどいものだが

年とれば、眼だって うとくなる

あぁ 世界が 遠くに見える

耳も うとくなる

そう 世界が だんだん遠ざかっていく

感覚だって 鈍っていく


でも それって 美しい 距離感 かも

今ある世界を 遠くから 感じ取れる 感性

茫洋としてこそ ワタシ になれる 

これは 年取らないと わかんないでしょう

その領域が 別れの準備 というモード なの
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そして 現実に眼を移せば イカリさん

 ピンピンコロリ がいい。

という。

病気して、入院して、皆に世話してもらって死ぬのはいや と

誰でもそう願っていると思いますが

なかなかそういう風にいかないのが

世の常というもんです。

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谷川俊太郎の エトセテラ リミックスという本の中に こんなことが

葬式出スナ

全集出スナ

アンマリ泣クナ

墓モイラナイ

つまり死んだら、もう生きてたころのことはさっぱり忘れて

死んだことに熱中しようと思うのだ。


この言葉は 死をもっと真剣に生きようとしているようにも思える。

でも アンマリ という言葉は 決別していない

一筋の涙くらいは 流してくれよな と

どこか 希望を感じさせてくれる。

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高村 光太郎の詩のなかに

<死ねば死にきり、自然は水際立っている>

これは 潔くて よい。

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次にインドの人の言葉

誕生の時には、あなたは泣き

全世界は喜びに沸く。

死ぬときは、全世界は泣き

あなたは喜びにあふれる。



誕生を苦の始まりとし、死を解放ととらえている。
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そして ネイティブ・アメリカ・インディアン の言葉


今日は死ぬのにもってこいの日だ。

生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。

すべての声が、わたしの中で合唱している。

すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。

あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。

今日は死ぬのにもってこいの日だ。

わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。

わたしの畑は、もう耕されることはない。

わたしの家は、笑い声に満ちている。

子どもたちは、うちに帰ってきた。

そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。



もう自分は役目を全うし、自然の調和のなかに帰ろうという

美しい言葉である。
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生まれてくるときは皆同じ様に身一つで無垢ですが

死ぬときは人それぞれのモードがある。

だからどういう死に方をしたいかというのは希望としてでも考えといた方がよい。

前回のブログ の 助田さんと 木村さんの 法名の話から

イカリさんと二人で法名の話はよくする。

僕は 浮き尾 とおもったが

釈 忘我 にしようかなと思っている。

物忘れより 我を忘れる

イカリ さんは  釈尼 如何離(イカリ) ですかね。

如何に 離別 するか

エ 何とです?

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今度は 以前僕がラジオを聞いていて 成る程と思ったこと。

火葬場(荼毘所)の 焼き人 のお話でしたが

火葬といっても これはよほどの経験に裏打ちされた技術を持っていないとだめで

非常に難しいものです。

ご遺体には 老人ばかりでなく、赤ちゃんもいれば 大きく頑強な人もいる。

骨の病気の人もいるし それこそ いろんな遺体がありますから

きれいに骨を残して焼くというのは大変なことなんです。

特に 乳幼児などは 火加減が難しいです。
  と

なるほど、餅は餅屋です ナ
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京都のイカリさんの友達ヨウコさんの猫トム君が最近亡くなって

彼女、火葬後、骨を拾いにいったそうですが

猫の尻尾の先の尖った所まできれいに骨が残っていたと

いたく 感動していました。
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イカリさんは 言います。

私は骨は残さんといて

全部灰にして

お墓にも入りたくない。



死にきる とは そういうことかもしれない。

昔の火葬は長いガスバーナーで着火という感じでしたが

これ 残酷なので 廃止になったようで

今は 重い観音開きの鉄扉を閉め、ロックして

はい ボタンを押してください。 です

ボタンは一つきりなのです。

レアは困るが 

ミディアム 骨残す と

火力強め 全灰 

くらいの選択肢があってもよい。

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ところが、裸一つで生まれて来ても 死ぬときは お荷物だって一杯ある。

これを 始末せねばと最近思っている。

自分の想い出が染み付いていて、お宝だと思ってはいても

残された者にしてみれば ゴミみたいなものだろう

で この前、滋賀の友達に

僕が死んだら何でもいいからトラックで取りに来てくれと言っておいた。

お宝だと解る人には今から手を打っておかないと。

皆一度に来ると大変なことになるから

せめて整理券でも作っておくか。
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葬儀は いたってシンプルが いい

新聞のお悔やみ欄には出さず、親しい人だけに伝える。

外でやるのもよい。野机に野の花、ローソク、香爐で灰葬

皆でお酒でも飲みながら あんなこと、こんなことを

笑いながら話してくれたらいい。

僕が聞いていたお気に入りの一曲というのも選んでおき 聞いて欲しいが

沢山ありすぎて 一曲を選ぶとなると むつかしい。

置き土産という意味でもシンプルに一品がよい

ローソクは一本、線香も一本、花一輪、詩集一冊、曲は一曲

花と詩集と曲は そのうち選ぶ。

遺書は一行 さよなら ありがとう で良い。

イカリさんは アメイジング・グレイスがいいという。

そしてバッハのブランデンブルクがいいかな。

さて その時は 前のブログで書いた 

大阪の K にお願いする。
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まるで 自分の遺書のように 長々と書いてしまったが

遺書は一行 さよなら ありがとう が良い。

最後に ネイティブ・アメリカ・インディアンの最も好きな言葉

春にはそっと歩く。

母なる大地は

いま身籠っているのだから


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まだ 別れの準備-6 に続きます

僕が生きている限り Never Ending Farewell Tour Show になるかも

増えてきた(増やしてきた?)ので 

別れの準備 というカテゴリーを作りました。

では 我を忘れる ハマジイ より

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2009年10月29日

別れの準備-4

別れの準備-4

別れの準備も折にふれ続いていきそうな気がする。
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去年、2008年4月 桜の花咲く金沢で 息子の結婚式がありました。


その頃、 野の花の絵師、助田茂蔵じいちゃんが

93歳で亡くなりました。


法名は「釈 相應(そうおう)」で、生前にご自分でつけられたそうです。

相應 さりげなく そして 深い 法名です。

<花を見ている。花も見ている。> という茂蔵じいちゃんの言葉

野の花を描き続けることで、野の花に学び

野に生きる思想家でもありました。

野の花の様に清楚に散っていかれました。

息子の結婚祝いに茂蔵さんのご子息の篤郎さんより

謄写版印刷による野の花の額を頂きました。





春、かたくりの花を見ると憶いだすおじいちゃんの後ろ姿です。

篤郎さんとは 茂蔵じいちゃんの Tシャツのプリント でコラボしました。

それから翌年 2009年8月 に親しい友が亡くなりました。

笑いの研究で有名な 関西大学教授の 木村洋二さん です。

木村さんには 忙しい中 息子の結婚式に ご挨拶をして頂き、

<馬鹿の寄せ鍋>の話に皆 おおいに盛り上がりました。

今年の お年賀ブログ に写真入りで載せましたが

その時の 去年12月におそば屋さんで撮影した

そのショットが最後になってしまいました。


以前、福井市のカフェで開催された 助田茂蔵 野の花展 での

お二人の元気な頃の写真です。






<もともとせっかちなタチなので> という奥さんの言葉通り

別れの準備も無く あっという間に逝ってしまった。

彼の法名「釈 愚門(ぐもん)」これも彼が自分で付けた法名です。

愚門 という名は 以前からペンネームで使っていたものです。

湯谷での葬儀の帰り道 野には一面 白ユリが咲いていました。

ぼくにとって 8月の白い野のユリ が彼の花です。
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ところで わたし 9月に孫が生まれました。

文字通り ハマ爺 になりました。

秋に生まれたからなのか 息子夫婦が 「楓士(ふうと)」と名付けました。

なかなか良い名です。

風になびく 木 になるのか

木にそよぐ 風 になるのか

まだ 僕には わかりません。

でも 豊かな風を孕んだ力強い樹になって欲しい

そう願っています。

暖かい風も、いや、冷たく厳しい風にこそ

立ち向かって強くなってほしいと想っています。

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かえで(メープル)はカナダの木です。

カエルの手に似ていることから名付けられたそうですが

日本では紅葉(モミジ)のことをいいます。

楓士の手もモミジのように小さいが

まだ、透き通るように白い。
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十月初頭に助田篤郎さんからはがきが届きました。

その切手が広島の紅葉(モミジ)の絵でした。





以下、はがきの文面です。

<孔版画のお知らせ>

<早いもので父が亡くなって二度目のお盆も過ぎ、

天高くさまざまな雲に広がりを感じる候となりました。

この度、小品ながら孔版画を越前手漉き黒塗り和紙に制作しました。

用紙が真っ黒なものに刷り重ねることは初の試みで試行錯誤でしたが

丁寧に仕上げることに専念いたしました。

どうぞご支援の程、お願いいたします。>


その 3枚の孔版画 です。






上  白花曼珠沙華(ヒガンバナ科)孔版12度刷り
下左 蒲公英(タンポポ)冠毛 (キク科)孔版11度刷り
下右 綿(アオイ科)孔版12度刷り

以前 篤郎さんとお話している時に

<孔版画(ガリ版)の原紙(版)は紙で弱いので

大量に刷ることはできないので できる部数が限られてくるのです。>


ですから 本当の意味で 限定作品 なのです。


11色〜12色の刷り重ねによる精細な版画プリントです。

220部限定の貴重な版画 残り少ないと思われますので

無くなる前にお求めください。


連絡先はこちらです。

直接お葉書かお電話でお願いいたします。

〒916-0047 鯖江市柳町2丁目3-13
野の花の会  助田篤郎(すけた あつろう) 様
TEL 0778-51-0222


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別れの準備 というより

別れの後  というブログになってしまいました。

裸のまま 体一つで 生まれて来ますが

逝くときも また身一つです。

喜びと悲しみが 入り混じった この2年でした。


書きたいことはまだありますが 長くなったので

次回の 別れの準備-5 にまわします。

では   それなりに はまじい でした。

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2009年10月17日

5人の写真家






Peter BEARD(ピーター・ビアード)


1938年ニューヨーク生まれ。1955年(17歳)に初めてアフリカを旅。

1961年(23歳)ケニヤに移住。

写真家という括りの人ではない

1965年の著書「 The End of the Game 」では

白人によるアフリカの侵略と破壊を痛烈に批判している。

「日記」による膨大なコラージュ作品に圧倒される。





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Robert Frank(ロバート・フランク)

1924年スイスのチューリヒ生まれ。

1947年、23歳のときにアメリカに移民

1950年代の古きアメリカを切り取った写真集が良い。





逆光の 伸びていく アスファルトの 荒さが 荒野への道を 感じさせる。







前のブログ にも書いたローリング・ストーンズの メイン・ストリートのならず者

Exile on Main St.のLPジャケのカバーがよい。

ちなみにこのLPの中味 音は写真でいうと粒子の荒い、ざらざらした白黒写真のよう

スラムの汚れた地下室で録音したような ブラック&ブロークンな雰囲気が好きです。

Robert Frankの写真が実にピッタリとオブラートされている。

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Saul Leiter(ソール・ライター)

1923年ピッツバーク生まれ。23歳のときにニューヨークへ移り住みます。





ほとんど知られていないフォトグラファーですが、

実に絵画的な写真を撮る人で僕の感性に最も近い人です。

イカリさん曰く、まるでウキオの写真集みたい。と

構図の切り取り方といい、自然なフィルター

(窓ガラス越し、曇りガラスこしなどの)を通過したショットが多い

カメラのレンズと被写体の間に彼の感性や記憶の何気ないフィルターがある。

そこが好き
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Josef Koudelka(ジョセフ・クーデルカ)

1938年チェコスロバキア生まれ。

初めて見たこの人の衝撃的写真は次





プラハ1968.8.22

ソヴィエトの戦車が入ってきた瞬間の写真かもしれない


マグナムに属しHenri Cartier-Bresson(アンリ・カルティエ=ブレッソン)の

DVDにチラっと出ていました.

テオ・アンゲロプロス監督とも接点がある。

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Bruce Weber(ブルース・ウェバー)

1946年米国ペンシルベニア州グリンズバーグ生まれ

チェット・ベイカーのドキュメンタリー映画のこの1枚の写真





ビートニク的 カミソリで傷つけたような モノクローム写真

構築ではなく 崩れさっていく儚さの美しさ が好い


生まれは僕に最も近いので 近さは感じるが

どちらかというと 前者4人の 50年代という時代に

ノスタルジーを感じてしまいます。


経験し得なかった領土なのか

失われたもの、あるいは 味わったことのない料理なのか

残されたこれらの写真を 味わうことしか出来ません

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好きな5人の写真家を紹介しましたが

いずれも亡くなってはいませんが同時代の人達です。

この頃の時代も好かったと思いますが

20代に何を見、経験し、感じていたかで その人の人生が

決定付けられている様な気がします。
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昔の戦争映画で、落下傘降下部隊輸送用飛行機の中で

神経を尖らせている若い兵隊に 上官が

< 鉛筆もあまり削って尖らせているとすぐ折れるんだよ > 

と 諭している場面がありましたが

20代の頃は皆 削って削って尖って 折れたらまた削っての

繰り返しで命を削っていましたよね。


そのうち芯が すぽっと抜ける鉛筆なんてのもありましたから

鉛筆は芯のあるうちに削らないと 


今じゃ、丸くなった芯の ちびた短い鉛筆に

鉛筆ホルダーなんかしっかり嵌めて

長生きしようなんてご時世で

お尻の方には 立派な 消しゴム が付いていて

そう これって 記憶消しゴム のような気がしませんか?

では また

なんとなく hama でした
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職人によるアートなTシャツ作り
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白インクプリント、抜染プリント



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2009年10月09日

全面インクジェットTシャツプリント

さて前回のブログに引き続いてTシャツプリントのお話です。

ブログをなかなか書けなかったのは大型インクジェットマシンが入って来て

それの稼働に忙しかった為ですが

ようやくプリントのメドがたちました。

このマシンは生地巾165センチの反物がプリント可能です。

水性顔料プリントでロール・ツウ・ロールでプリントできます。

平生地用のプリンターですが天然繊維もポリエステルもプリント可能です。

このような総柄の連続プリントが本来の目的ですが







このマシンでTシャツの全面プリントをやってみました。

以下、3枚の LOST シリーズです。

























やはり 迫力 アリ

裏面もプリントしてみようと思っています。

サイドの白抜け筋はどうしても入るでしょうが。


これから色々とテストしていくつもりです。

順次 ブログに 掲載予定です。

ご質問あれば どしどし どうぞ

まずは 結果報告です。

hama でした。

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2009年09月04日

InkJet Print

インクジェットプリンター
白プリントのマシンが入ってきましたので
あれこれとテストプリントをしていましたが
これがなかなかの ジャジャ馬で
言うことを聞いてくれず
手なづけるのに随分時間がかかりました。

いまだに機嫌の悪い時が多い お馬さん です。
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まづ 白ベタ だけのプリントで
2匹の兎 と 荒波 の和柄を プリント






(株)横山工藝謹製 兎兎印(トトジルシ)
の 黒の 兎兎バック(トトバック)用です。

兎兎印 で 和柄をシリーズで作るつもりです。
和紙の 兎兎バック も予定しています。

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さて 久米繊維さん のショールームで
展示させていただいた Lost シリーズ





これもインクジェットプインターでプリントしたものです。
この様に 白でもグラデーションでプリントできるところが優れています。
この上からフルカラーのインクを乗せることもできますので
ブラックマジック手法を使うと面白いものができます。

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この柄を使って 

このプリンター用に
新たに作成したもののご紹介。

作成したデータがこれです。





プリントしたものをスキャナーで取り込んだものが次です。






比較しますと 白の下引きの荒さが目立ちます。
ザラザラしたラフな柄の場合はより強調されて良くなるかもしれません.
比べると全体に黄色が少ない感じですが
これは調整で解決できます。
難しいのは黒の奥行き感です。
下引きの白のデータの修正が鍵になります。
これは何度もトライし、データ修正のノウハウにかかってきます。

さて、色を調整し、黒の締まりを強調し
プリントしたものがこれです。





良い感じに上がりました。 

....................................................................................................

次にマシンとデータを変えて
白Tシャツにプリントしてみました。

データがこれです。





プリントしたものをスキャナーで取り込んだものが次です。





そこそこ きていますが
色としては 赤が弱いですが
これも 調整で解決できます。

次が 色補正して黒を強調してプリントしたものの Scan 画像です。





ほぼ データ画像の色になりました。

荒さは残りますが

以上 黒T と 白T へのプリント比較です。
データは RGB  ですから 彩度も高く
透明感のある発色でから
プリントの画像とは比較になりません。

レーザーコピーでの紙プリントは この中間くらいで
布にプリントしたものには近いです。
....................................................................................................

抜染でやるとまたテイストがガラリとかわってきます。
これが抜染プリントのスキャン画像です。





好みの問題になりますが
染料プリントに近い風合いと
ダークな色合いは 抜染ならではの雰囲気で
僕はこれが 一番好きです。

抜染はそれようにデータを編集しなくてはならず
抜染の技術は非常に難しいです。
…………………………………………………………………

インクジェットの特徴として
色や濃淡のメリハリがなくなり
全体にフラットな感じになります。

ただコストを考えずに手間をかければ
もっといいものはできます。

家庭用のインクジェットプリンターと同じで
紙と布の違いこそあれ
データを頂いて、プリントボタンを押せばプリントできます。
でも より良い結果を出そうと思うと
それなりの 経験とノウハウが必要になってきます。

インクジェットプリンターのメーカーは 同じ機種の機械は
どの機械も同じ出力結果を出す様に努力します。

だとしたら世界中同じマシンを使えば全く同じものが出来上がるかというと
そうではない

そこに 人の関わる 何かがあると おもふ。

僕の 得意技でもあるけれど
時には 機械だって 騙す必要がある。

インクジェットでプリントしたものには違いないけど
果たして どうやって プリントしたのかな?
と 唸らせるようなものを 作らなきゃ

では、この辺で 浜でした

…………………………………………………………………
職人によるアートなTシャツ作りには

染型工房 横山工藝

職人による華麗なよさこい衣裳は

オーダー よさこい屋
  

2009年08月01日

Cats Paint

猫のお絵描き

憎っくき ヨモ への仇は 

前回のブログでとったような気もするが

逆に 憎さ が 100倍 甦った感 がある。





こいつが その ヨモ である。
…………………………………………………………………

前回の 補足 ですが

いろんな動物によって それぞれ時間の尺度が違うようです。

心拍数は体の大きさによって違っていて

体の小さいものほど心拍数は多いといいますが

どんな動物も一生の内に 心拍数はおおよそ15億回だそうです。

人間の寿命が80歳、 猫は15歳としますと

猫は 約5倍の密度 で生きていることになりますから

人間は猫と 10分 遊んだと思っていても

猫にとっては 約1時間 遊ばれた様なもの


猫にとっては 迷惑な話かも知れません。
…………………………………………………………………

この前奇妙な光景を目にしました。

おにいさんが 犬と散歩していました。

犬は普通にひもで繋がれた状態で主人と散歩しています。

主人は 通常の人の歩く速度で歩いていますが

犬は主人の3倍くらいのスピードで歩いています。

ひもが伸びるわけでもなく

犬と主人はお互いのスピードを保ちながら

普通に移動していきます。

さて どうなっているか わかりますか?

見れば 一目瞭然で ナルホド と思います。

考えてみてください。







これ 猫の後姿 による ハテナ  マーク

答えは最後に

…………………………………………………………………

さて 今回のブログは

Why cats Paint と

Why Paint Cats の2冊の本のご紹介です。

ネコ  何故 絵を描くのか と

ネコ  何故 絵を描くのか の違いです。
…………………………………………………………………

まず、WHY CATS PAINT - ネコはなぜ絵をかくのか -

A theory of feline aesthetics

キャットアートの理論  ヘザー・ブッシュ、バートン・シルバー 共著

出版社TASCHEN 発行






洋書としては Amazon で手に入りますが

この本は日本語に翻訳されているもので、現在絶版かと思われます。

様々なネコのアーティスト名とその絵画的表現手法が紹介されていますので

日本語版を見つけたら 即買われることをオススメします。





画風は ZenBeat 的です。まけそう





左右両手使いで 蝶のように舞って 描いた 優雅なペイント





ゴッホよりも シンプル 雑念 などというもの が 無いのだ。





やっぱり 煙となんとかと 猫は 高いとこ 上がりたがる。


この様に ネコ族は 高度な抽象画を 得意とします。

こういう 絵を描かせるために ネコを飼うのもよい

でも 全ての猫がアーチストとも限らないかも。

…………………………………………………………………

次に Why Paint Cats - ネコに何故 絵を描くのか -

The ethics of feline aesthetics

Burton Silver Heather Busch 共著





沢山の画像がインターネットで検索すれば出てきますので

是非 ご覧ください。








思わず 笑っちゃいます。


ヨモ を捕まえたら

まず、 ヨモに 思いっきり 絵を描かせ

そして 奴の顔に 絵を描いてやろうと思う。

エッ? 動物虐待?

虐待されたのは こっちの方だ
…………………………………………………………………

さて 最後に 犬の散歩の答えです。

主人は普通の速度(歩く速度)で歩いています。

犬は主人の3倍くらいの速度で小走りです。

どちらも同じ速度で移動していきます。

主人は犬の首輪に繋がったロープを 普通に歩きながら

右手から左手に渡し、左手は体の後ろから右手に渡しています。

つまり、体を中心にロープの先端を左回りにぐるぐる廻しております。


犬は主人の廻りを左回りにぐるぐる小走りで廻りながら

主人の移動と同じ速度で移動していきます。

ロープはもつれません。


おわかりでしょうか?

実際に見ればナルホドと解るのですが

文章にすると解りにくいです。

…………………………………………………………………

職人によるアートなTシャツ作りには

染型工房 横山工藝 

職人による華麗なよさこい衣裳は

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2009年07月01日

10 pieces exhibition

久米繊維工業さんの 10 pieces exhibition

10枚のTシャツでこそ表現できること

このショールームに出展させて頂くことになり

この1ヶ月 ブログも書かず Tシャツを作っておりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

7月6日(月曜日)から 7月31日(土曜日)まで

展示させていただきます。

 月曜日から土曜日(日曜、祝日はお休みです)
 10:00〜17:00
 ※土曜日は16:00まで


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久米繊維工業株式会社 本社プレスルームのアクセスマップ

こちら 

東京錦糸町です。東京近郊の方は是非お立ち寄りください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

10枚のTシャツの タイトルは Lost です。

失われたもの 無くしたもの 忘れ去られたたもの
喪失 失念 忘失 忘却 紛失 消失 忘我 望郷

形を亡くし 心の底で忘れ去られている 想い が テーマです。

最近、二つのセリフに出逢いました。

<人は 何かを失わずに 何かを得ることは できない。>

<人は 失った物を取り戻そうとして また、何かを 失う。>

歳を重ねるにしたがって、得たものも多くなるが

失ったものも また 多い。

老人は半ば想い出のなかに沈み、記憶に耽る

それもまた 美しい生き方 だと 思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・











10枚のTシャツは インクジェットプリントによるものです。

インクジェットプリントの弱点はフラット(平坦)な仕上がりです。

色の 深み、メリハリ、立体感 を出すためには

色々な工夫が必要です。

コンピューターでの画像の処理も必要ですし

プリンターの複合的な使い方も大切です。

こだわってプリントした結果を解って頂けると嬉しいです。


詳細な画像とTシャツにプリントしたデジカメ画像は 

こちら


スライドショーでご覧頂けます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に お世話くださった

久米繊維工業株式会社の皆様に

深く感謝いたします。


久米繊維工業株式会社さんのプレスルーム

久米繊維工業株式会社の編集長 

盛本 純子さんのブログ に 展示の動画が 掲載されました。

ありがとうございます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アートなTシャツ作りには

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激しくも美しいよさこい衣裳は

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2009年05月17日

Gillian Welch

ジリアン・ウェルチギリアン・ウェルチ?)の紹介です。

前のブログでも何度か名前だけは出していますが

Mary Gauthier と LUCINDA WILLIAMS の紹介は終わりましたので

最後 Gillian Welch  になりました。


この人は日本ではほとんど知られていませんが

知っているひとは よほど SSW や Folk,Country,Bluesの

Old な アメリカン ルーツミュージックに関心のある人でしょう。


どちらかというと オルタナ カントリー のカテゴリーですが

カントリーの派手さや にぎやかさ は全くなく

暗くしずかに 淡々と歌っています。


最初に聞いたのは Revival 1996 というファーストアルバムです。

ジャケ買いですが、アメリカの田舎の納屋の前で撮ったような

モノクロの暗い写真のジャケットです。


曲調もジャケット通りの 物憂いもので

昔のトラディショナルの曲を歌っているのかなと思っていたら

全て彼女とご主人の David Rawlings の共作ということで

今時、こんな感じの曲を作って歌うひとは珍しいと驚きました。



現在まで4枚のCDを出しています。

Revival 1996
Hell Among the Yearlings 1998
Time (The Revelator) 2001
Soul Journey 2003








コンピレーションやオムニバスCDにもよく入っていて

映画サントラでは 

Horse Whisperer や オーブラザーのCDに入っています。







DVDは Revelator Collection (啓示者、予言者)

このDVDは 白黒の実に美しい静謐な映像で

その映像から沸き上がってくるアコースティックな音が

素晴らしいです。

自分たちのオリジナル曲 と 

カバー曲としては

Bob Dylan の Billy
Neil Young  の  Pocahontas
Bill Monroe  の  I'm On My Way Back To The Old Home
Townes Van Zandt  の  White Freightliner Blues (白いコンテナ貨物のブルーズ)


をライブで歌っていますが 二人の息の合った演奏がよろしいです。


Gillian Welch は 1956 Gibson J-50

David Rawlings は 1935 Epiphone Olympicを使用していますが

David Rawlingsのギターをブンブン振り回しながらの演奏は

素晴らしいものです。

テクニックもすごいですが どこか繊細な音を出す人です。








DVD で ゲストとして出演しているものに

The Chieftains の
Down the Old Plank Road: Nashville Sessions (2003)

それから Norah Jones & Handsom Band Live in 2004
で Loretta を歌っています。

彼女はいつも カーボーイ・ハットにワンピース

ウエスタン・ブーツ という衣裳で

彼はノーネクタイの白いシャツにダーク・スーツという

地味な格好で 好感がもてます。


YouTubeでライブが見れますが CDやDVDでの感じではなく

かなり ノリノリ の激しいプレーが多いです。








まあ 万人向けの曲調では全くありませんが

こういう 古いアメリカのチューンが好きな人には

聞いてほしい 音楽です。


これからに期待したいミュージシャンです。
  

Posted by hama G at 00:02Comments(0)極私的音盤三昧

2009年05月12日

ヨモ猫の恩知らず


犬は ワン となき、猫は ニャン となく

ワン は『はい』『イエス』のような語感だし
ニャン は『いいや』『ノー』のような響きがある。

犬は肯定的で、素直で、従順で、恩を忘れない
猫は 否定的で、我が儘で、反抗的で、恩知らずで、華麗な冷淡さを持っている。

僕は 猫も犬も飼ってはいないが
どちらを飼うかと言われれば ネコ がよい。

人は ネコを 飼っていると思っているが 
ネコ が人を飼っている といったほうが当たっている。
……………………………………………………………………………

ネコは沢山の家を持ち、多くの名前を持つ。
タマ、ヨモ、シロ、ヒゲ、ハナ 等々 と
行く先々で 違った名前で呼ばれるが
ちゃんと その名前になりきって ニャア と答える。

ネコは 無国籍で アナーキストで パルチザン
ゲリラ好きで 孤独なハンターである。
犬は群れるが 猫は群れない。
党だとかサークルだとか会議とかが 大の嫌いで
従って 十二支にも 参加していない。

でも 最近は世の中 豊かで 平和 なせいか 
涎垂らして鼻筋に 縦じわ立てて、牙剥いて威嚇する犬も
フー と体をまるめて 逆毛を立てて 威嚇する猫も いない。
猫同士 の けんか はよくやっているし
耳をかじられて ボロボロのネコ もたまに見かける。
なんか 年老いたパルチザン と言う感じで
戦いの痕跡 が体中にあって かっこいいというより 痛々しい
いかにも この世を恨んでいるかの様な
振り向き顔の その淋しき眼差し
……………………………………………………………………………

家の裏庭 は 草がいっぱい生えていて
2-3段の低いブロック積みで四方が囲われているので
ちょうどいい猫の通路になっている。
ブロック道を通って 抜けていく奴もいれば
草の間を散歩する奴もいる。
3〜4匹の猫が それぞれ だいたい同じ時刻に同じ所を通っていく。

ご出勤である。
……………………………………………………………………………

時々家の縁側でゴロゴロと昼寝をし
イカリさんが 『これっ ヨモ』というと
擦り寄ってくる。
イカリさん 草むしりしていても
寄っていって しばらく遊ぶ。

でも 僕の所には決して来ない
どんなに 優しい声で ヨモチャン と呼ぼうが。
僕たち 距離を置いた 孤独な関係 を好んでいる。
……………………………………………………………………………

その ヨモ が 今回のブログ の主人公です。







まだ屋根に雪が残っている 今年始めのことである。
家の中にいると 外の何処からともなく ニャーニャーと鳴き声がきこえる。
家と家の間にでも入って出られなくなっているのかと思っていたが
そのうち出て行くだろうと 放っておいた。

明くる日になっても 鳴きやまない。
あちこち捜すが何処にもいない。
鳴き声だけが聞こえる。
それも前よりも頻繁に鳴く様になった。
その鳴き声が あっちこっち と動くから始末が悪い。
外に出て家の廻りをぐるぐるまわり 捜すが見つからない。
上から聞こえてくるようでもあり 
家の間であるようにも
縁の下であるようでも 
隣の家から聞こえてくるようでもある。

結局 あきらめたが 
その辺で死なれたら 非常に困る。
どうか 死ぬのなら この家のあたりから 抜け出て
僕の眼の届かぬ所で 死んでほしい。

さて かれこれ 3日目のことである。
3日となると 空腹で動けなくなる可能性が高いし
そうなれば さっきの予感も 現実になってしまう。
こちらが 泣きたくなって来た。

どうも 屋根かも知れん。窓の小屋根かも知れん。 と
窓から身を乗り出して捜すが見つからない。

すると ピンポン と タイミッグよく訪ねて来た人がいた。
隣の町内のおじさん KZ さんで 
一緒に町内会の役やってたので よく知っている。

『あ の お うちの猫が お宅の屋根に おじゃま していて
降りれん様になってるみたいなんやけど なんとかしてくれるかの』


あ やっぱり 屋根か しかも 大屋根 か
ともかく上着を着込んで 長靴はいて はしごで 大屋根に

二つ屋根のあわさった間でひっそりと鳴いておる
見ず知らずじゃないから逃げずにいるだろう
こっちはわざわざ助けに来たのじゃから 

しかし ヨモ め 恐怖心と空腹感で パニックになっている
近づくと逃げていきよる

雪が少し積もっていて 溶けはじめているから 足元がすべる。
パニックになってはいても恐いもんだから屋根の端にはいけず
その手前の方でうずくまっている。
そーっと しゃがんで 近づくと こわばってじっとしている。
両手で捕まえ 胸に抱き 怖がらないよう撫でてやったが
さて はしごを降りだすと様相が変わって来た。

こちらは 右手はハシゴの横棒を掴み
左手はヨモを胸に抱き 降りはじめると
ヨモ にしてみれば 宙を浮いてる様なものか
再び恐怖が甦って来て
眼は引きつり 両手は爪を剥き出して 左右の手を交互に
高速のピストンの如く ハシゴの横棒に引っ掛けようとする。
こちらだって 宙を浮いてるには違いないのだ

左手だけで 必死にもがきあばれているヨモを落とさない様に気を使い
右手は 俺だって 落ちない様に しっかりつかまり
一段一段慎重に降りていったけど
ハシゴの途中でチカラつき 物干場にドドンと落ちた。

そのはずみで ヨモの奴 手から外れ 
一階の屋根を飛び降り 一目散で逃げていきよった。

何人かの町内の人達が高みの見物
『大丈夫ですかー』 と声をかけられたが
大丈夫! 大丈夫! と 愛想笑いをするものの
内心 おだやかでは ない。
こんなことなら あの大屋根から そのまま 落としてやればよかったと
今 オモウ  が である
飼い主の KZ さん 心配そうに見ている
彼は 僕のことより 猫のことが心配なのだから
下手なことも出来ない。

屋根でビシャビシャの雪の上に座り込んだものだから
ズボンから パンツ まで ビショヌレ
ヨモ の 奴め

その KZ さんにアリガトウとお礼を言われたが
そのおじさん ネコ に似ていて
口元がそっくりで 長いヒゲでも生えていれば
そのマンマ という感じ。

動物が飼い主に似てくるとよく言いますが
どうも猫の場合は 飼い主が 猫に似てくるのダワ。
坊主 憎けりゃ のくちで
この おやじ を叩きたくなった  が
たかが うちの 猫の ことぐらいで といわれそうで
やめた。
……………………………………………………………………………

イカリさんに この話をすると
吹き出しながら こう言う
煙と ナントカ は高いとこ上がりたがる っていうじゃない?
バカ な ヨモ

それから 数週間たって また 例の鳴き声がきこえる
まさか と思い 外を見ると あの 阿呆 ヨモ
こんどは 裏向かいのお宅の一階の屋根で 助けを呼んどる。
あれぐらいだったら 降りれるのに とイカリ
おばさん ナニゴトかと 窓を開けて見るには見たが
完全に 無視
無視されては かたなし で しばらく鳴いてはいたが
観念して 飛び降りて 何処かへ 消えていった。

登るのは 楽だけど
降りるのは 難しい
 

まるで どこかの 政治屋 さん みたい
……………………………………………………………………………

『ところで お宅では あの猫を 何と言う名前で 呼んでいるんですか?』
くらい聞いておけば良かった。
その名前を呼べば 捕まえて お仕置き くらいは できたかも。

その時のものだと思うが
未だに 僕の左足の膝には 三つの爪痕 が残っている。
しつこい 奴だ。
風呂に入るたびに 怒りが込み上げてくる。

猫の恩知らず というか
その後も 時々 ヨモ と 道路ですれ違う
何喰わぬ顔で 涼しい顔して トットット と小走りに遠ざかっていく。
一度 取っ捕まえて 叩いてやろう と思うのだが...............
……………………………………………………………………………







実は ネコ は お絵描き好きの
アーティスト である という ブログを書く予定だったのに
このことを書かずにはいられなかった。
書いているうちに 熱がはいってきて
長くなってしまったので 次回にまわします。
わかってください この キモチ
……………………………………………………………………………

でも 猫はね アバンギャルド で パンクな アーティストなのですよ。


  

2009年04月10日

運び屋

ちょっと お酒がはいると 遠くを 
 
お も ふ

イカリさんと 話してても 最近 言葉が  
 
と お い

最近、眺めている 雑誌は coyote  と い ふ 旅する  

ざ っ し

仕事してて 旅や放浪ができるわけもないから 頭ん中を

あ る く

どこかに ふっ と消えたい と思う こころ を 旅の雑誌で

ま か な う ?

夢 は 実現できないから  そういう形で

お ぎ な う ?

男って どこか 淋しい深淵とやらをを  もっている

の か も

そういう話をすると イカリさんは  決まって 

お こ る

でも 男って 面白いし 魅力的なものよ

だ っ て

最近 その 関連で 本を買って

よ ん だ?

前のブログの アリマキの話のその

ひ と

最近、話題の人で 福岡伸一さん という

そ の ひ と

ようやく 謎  が 
 
と け た 

……………………………………………………

本の題名は

生物と無生物の間  と
できそこないの男たち

この 2冊 です。

できそこないの男たち は ほぼ読みました。
この題名は ?  ナニ?  という感じ

それこそ イカリさん 怒りましたよ
ぼくも やりすぎ じゃない? と思いましたが

でも内容 は 途中で読むのを
やめることができなかった くらい
非常に面白かった。

できそこない というのは  誤解を受けやすいタイトルです。
内容を読むと わからなくもないけど……

……………………………………………………

生命の デフォルト は メス であると 言ってます。

コンピューター を 例にして 説明します
ソフトもハードも 純正 でつくられたものが デフォルトの メス と しますと

それを 改造して ボードを組み込み メモリーを増設し と
カスタマイズ されたものが オス であるようです。

その結果 不整合不具合が起きやすく、暴走したり
フリーズしたりと システムエラーを 起こしやすい。
病気 にも ウイルスにも かかりやすい。

だから平均寿命は 男 は 女性 より短いと。

……………………………………………………

僕がずっと思っていた ナゾ

男は 何故 根無し草のように 放浪や蒸発 をしたがり
遠くを思い 形而上学的な考えを 好むのか?

その 答えの ヒント が この本で 見つかりました。

父親 と 母親の 遺伝子 を 他の女性 に運ぶのが
男の役割 であり その意味では 

男は 遺伝子の 運び屋 である  と あります。

運び屋は 早く 遠くに 何処にでも 運ばなければならない。
まず、空間的距離 を 移動しなければならない。

これが ひとつ

もうひとつは 時間的差異

少なくとも 母親よりも 若い 女性に 運ぶ必要がある。

それは 時間を さかのぼる と考えてもいいが
もっと 若くて 可能性のある 女性に
遺伝子を 載せ変える と言う感じでしょうか。

この 空間的距離 と 時間的差異 が
ナゾ を 解く カギ だと 思う

最初のブログで 異種混交(クロス・ブリード)のことを書きました。
血は 全くの ミックスジュース である
出来るだけ 遠くの 血 と 混ぜ合わされなければならない と

そのこと も 説明できる。

母親と密通する ということは どういうことなか
空間的距離 と 時間的差異 で言うと
どちらも  ゼロ  なのです。

パゾリーニ の 映画 [アポロンの地獄] で
知らずに 父親を殺し 母親と交わったこと が解った 主人公は
自らの 両眼 を 潰し 若い従者を 伴って さすらう
最後の セリフ

”人生は 始まった処で 終わるのだ”

このセリフには 言葉通りの 意味もありますが
母親から 生まれ 母親へと 閉じられていく 悲劇
の 意味 も あるように思う。

コンピューター では 周辺機器を 接続する時の タブーとして
ループ という 接続 がある

出口と入り口を 繋いで 閉じてしまう ことですが
無限ループ に 陥る

元に 戻っては いけない

螺旋は 上昇し 解放系 で なければ ならないようです。
…………………………………………………………

福岡伸一さん 最後のほうで こんなことを
ジェットコースターを例にとって

時間はとらえることはできないが 感じることはできる
時間を 追い越す 時に。

男の あの 快感 は 
時間を加速した 快感だと 言ってます。

おもしろいですね このひと

運び屋に もたらされた 贈り物 かもしれない し
この 加速感 を 忘れるんじゃないぞ という
戒め かもしれない。

…………………………………………………………





あなたの アタマ は 解放系 だと おもう
でも アタシ が 糸で 繋いでおかないと
どっか へ 飛んでいきそうな気がする。

イカリさん が 言います.

僕 は ブンブン 廻り
イカリさん も 一緒に 上昇していきますが
糸が切れたら
僕は どこかへ 飛んでいってしまうし
イカリさん は 真っ逆さまに おちてしまう。

そうならないように 糸 も 2本 にしようかな?

エッ もつれて  二人とも 落ちる ?












  

Posted by hama G at 00:22Comments(0)禅でビートなコト

2009年04月04日

サノシゲ本

前回のブログ の続きになります。

版元の みずのわ出版さん から

佐野繁次郎装幀集成 -西村コレクションを中心にして-

林 哲夫  構成    が届きました。












装丁もフランス風で美しく

111ページ中90ページに及ぶサノシゲ単行本の装丁は

全てカラーで素晴らしい内容のものです。

西村義孝氏のコレクションですが

よくこれだけ集められたと関心します。

構成は 林 哲夫氏で

お二人の努力と 出版社の みずのわ出版さん に深く感謝いたします。

2008年11月1日に 初版第一刷 ですぐに完売になったようで


僕が購入したものは 初版第二刷発行のものです。



興味のある方は早めに注文しておいた方がよいです。


こちらの サイト で その他 注目の出版社です。

既に 在庫僅少 だそうです。
 
林 哲夫さんのブログも古書に興味のある方には

とても面白い内容なので是非ご覧ください。

こちら です。

…………………………………………………………………

話は変わりますが

さて この 板  

シルクスクリーンの版 のカバーに プリント屋さんが使っていたもので

あまったインクをなすり付けたりしていたもでしょうが

左右で両面になりますが

これはもう完成度の高いアートです。

ラウシェンバーク の世界です。





…………………………………………………………………

次は 僕が作った コラージュ

ロートレアモンマルドロールの歌にインスパイアされて






…………………………………………………………………

これは 1970年代に仲間達と京都で出していた

同人誌 on の表紙です。





ネガになっていますが 一番上の 写真の人は

ルイ・アラゴン です。

紺色に白のシルクスクリーン印刷です。

仲間たちと 手作り の 詩と写真の同人誌です。

…………………………………………………………………

これは 雑誌の切り抜きですが

溶剤で溶かして作ったものです。






色々 過去に作りためたものを

僕も 再構築 して

整理していこうと思っています。


では また。

染型工房横山工藝 は こちら

オーダーよさこい屋 は こちら

  

2009年04月04日

コラージュ

コラージュが好き

………………………………………………………………

夢も イメージ の コラージュ だと思う

時間軸 で コラージュ されている

………………………………………………………………

コラージュ という 言葉と作品 に最初に出逢ったのが

美術手帖 の クルト・シュヴィッタース特集

その時の 切り抜き が出て来たので掲載します。










この人 印刷屋さんのゴミ箱 を よく漁っていた

といったことが 記事には 書かれていたと思います。

僕も 小さい頃から 印刷物には異常な程 興味があり

皆さんがゴミ と思うもの 捨ててしまうものに とても関心がありました。

紙タグ、布タグ、パッケージ、包装紙、生地の切れ端

雑誌の切り抜き、タバコの箱、紙マッチ

説明書、チラシ、切手、手紙、はがき、荷札

お菓子の包み、フィルムの切れ端

といったものが 今でも箱の中にいっぱい詰まっています。






これはゴミ箱の中味ではなく 僕の宝箱 の中味です。

勿論、何でもかんでも取っておくわけではなく

セレクトしてはいますが

これがセレクトされたもの? と思うでしょうが........
 
当然、本も大好きで 僕の部屋の床は 沢山の本の山積み状態 です。

レコードなども ジャケット や レーベルのデザイン に興味がある。


本は 読むというより 眺めて楽しむ。


古い本の 活字や書体 イラストや写真 といったものに興味があるし

古びた変色 や 本の匂い シミや擦れにも 愛着があります。

古本屋ではよく レトロな栞や書籍案内 がはいっていたりすると

それが欲しい為に 本を買ったりもする。

昔は 本が良く売れていたし、よく読まれていたので

デザインや装丁 に凝ったものが多く

本に 存在感と気品 があった。 

最近の本は 読み捨て的な出来のものが多くて 悲しい。


でも 新しい本の匂い インキの匂いですが

その 真新しいインキ の匂いに うっとりします。

焼きたてのパン の匂いに うっとりとする子供のように。

………………………………………………………………

話がそれてしまいましたが

クルト・シュヴィッタース Kurt Schwitters

ドイツ ダダ メルツ シュールレアリズム

そして ロシア・アヴァンギャルド バウハウス フルクサス

へと 受け継がれて行きます。


最初に出逢った クルト・シュヴィッタースのコラージュ が

自分の 好みや癖 に 理由と方向性 を 与えてくれました。

………………………………………………………………

ディランの 難解で哲学的で感覚的 な歌詞にも

コラージュ、タイポグラフィ、カットアップ、自動記述

コンクレート・ポエム
 といった 

実験的 で 即興的 な 手法が窺えます。

………………………………………………………………

さて この頃、同じ時期の切り抜きに

佐野 繁次郎 のものがあります。











これも コラージュ ですが

パピエ・コレ とよばれています。

粗い布 が多く使われており

手描きの文字 や イラスト も味のあるものです。

たしか 暮しの手帖 の特集記事だったとおもいます。

暮しの手帖 の表紙絵も 彼の絵に良く似ていますが

関連があるようです。

この人は 本の表紙 をたくさん描かれていますが

表紙やパッケージデザインに向いた作品が多いです。

みずのわ出版さんに

佐野繁次郎装幀集成 -西村コレクションを中心にして-

林 哲夫  構成    を注文しました。

すぐに無くなりそうなので  興味のある方は

早めに注文しておいた方がよいです。

こちらのサイトで 

………………………………………………………………

次は 僕が作った photoLogo collage

インクジェットによる 紺のボディに 抜染 プリント(A2サイズ)です。

今年の お年賀ブログ の柄です。






大竹伸朗 の コラージュ も

Peter Beard ピーター・ビアード の 日記コラージュも

よいですが 

またの機会に ご紹介します。

このブログは 次 に続いています


染型工房横山工藝 は こちら

オーダーよさこい屋 は こちら



  

2009年03月19日

お風呂のお話

さぁ 暖簾をくぐって

どうぞ いらっしゃいませ。






お風呂が 沸きました よ
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友人の 京大宇宙物理学の教授 と 以前お話していた時のこと

面白いアイデア や 思いつきは
どんな時にうまれてくるの?

 
と質問したら

”僕は自転車に乗って ゆっくりと  
そして。とりとめも無く移動している時に
面白いアイデアが浮かびます”


との返事でした。

なるほど、

浮遊している時
  


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僕は、お風呂に入っているときが一番多い。

お風呂は 勿論 僕だって
裸で入りますし
お風呂場には
ラジオも無ければ 本 も無い。

裸で、何も無い空間

しかも 暖かい湯船に浸かっていれば
重力もさほど感じない。

一種。気持ちのよい
解放状態

これ 胎内カプセル の中にいる感覚 か

この状態で 

僕の思考は 独り歩きする。

結構 良いアイデア や ヒント が浮かぶ。
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もひとつは、夜中に目が覚めた時。

仕事とかで解決できないことがあった時とか
いろいろ考えてはいるが
なかなか答えが 見つからない。
醒めてる時は 案外まともな範囲でしか
物事を考えない。

そんな時は早く寝る。

寝ている間、きっと色々な雑念が沈殿していって
様々な情報 や ストックされた考え が
浮かんできて
いろんな思いが
リンクし合っているのかもしれない。

ふっ と目覚めた時に 意外な 答 が出てくる。

あっ そうか そうだったのか、そうかもしれない。

それは 仕事で思い込んでいたことの延長ではなく
まったく 違った領域からの 答 だったことが多い。

明くる日、会社でそのことを試してみる。

たいがいそれでうまくいく。

そんな風に解決した問題がかなりあります。
新しいアイデアもそんな感じで生まれます。
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さて今回は お風呂のお話 です。

家のお風呂は 築後25年で給湯器が壊れました。
よく25年も保ったねと言われましたが。

前の給湯器は
お湯と水を微妙に水温調整して
蛇口から湯船に注いで お湯張り をしていましたが
自動で給水を停止してくれず

うっかり忘れて飛んで行くと
湯船から溢れております。

最初、湯船に入ることもできず
精一杯かかり湯をして
先に体、頭を洗いますが
湯船のお湯を できるだけ使って
お湯を減らしてから入るしかありません。

それがですよ 
新しい給湯器は
ボタン一つで設定温度のお湯が給湯され
設定水位でちゃんと止まってくれます。

そしてなにより女性の声で 事前に
 
”もうすぐお風呂が沸きます”

そしてですよ 給湯が止まると 

”お風呂が沸きました” 

とアナウンスがあります。

嬉しいじゃありませんか。

僕の心だって 湧きます よ。

お風呂場との 内線通話ができるのも便利

イカリさん 
イカリが上がるわよ”



おお 
ウキオ の出番 


赤ちゃんをお風呂に入れる時は
これ とても 便利だと思う。

ところが
お風呂が冷めてくるくると
追い炊きをする。

この時も アナウンス

”追い炊きをします” と

これが 僕の耳には

"老い炊きをします”

に聞こえて来て 
気分が悪い。

老いは焚きあげるものかよ

と 独り言
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独り言で思い出したので 余談ですが
ちょっと 独り言

イカリさんは  おしゃべり なほうではないので
つい 僕独りで  受け答えのおしゃべり をするときがある。

特に、寝る時は 彼女はすでにお休みなので
”イカリお休み” といい
自分に
”お休みウキオ”
と言ったりする。

これは独り言ともいえないので
僕は、ふたり言 と言ってます。

イカリさん 僕のことを 
二枚舌だから と言います。

さて、今日はどちらの舌で話をしようか

二枚の舌を使い分けていると 
果たしてどちらの舌が正しいのか 解らなくなる。

時には 二枚の舌がからんで 喋れなくなることすらある。

困ったものだ。
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さて、昔は内風呂なんて無かったから
いつも 銭湯 
夏は 行水

最初の頃の銭湯の湯船は 木でできていたし
座りイス も 桶も 木だった。
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京都は学生が多く 銭湯はいつも一杯

湯船に浸かっている時も 何処の場所が開きそうか
ウオッチ
早く終わりそうな人の後ろに桶を置いておいたりと
ゆっくり湯船でくつろぐなんてことは出来なかったな。

引っ越し すると
隣の住人に最初に聞くのが 決まって

近くのお風呂は どこですか

イカリさんと二人で風呂桶をもって 
路地をカランコロン
暖簾は 
男湯 と 女湯 

ここでお別れ

だいたいの時間をきめて 別々に入りますが
番台のおばちゃんも 顔なじみになってくると

おくさん そろそろ出られますよ 

と言ってくれる。

なんか 僕 旦那さんになったような気分でうれしかった。

浴場のガラスの仕切り越しに 
石鹸やシャンプーを渡している夫婦もいれば
番台のところで お風呂やの おばちゃんが
赤ちゃんを受け渡していたりと

銭湯って 日本の 文化の原点のような気がする。

二人で帰る 帰り道
月が きれいな 路地裏を
カラン と コロン

そういえば 
岡崎の下宿のとき
イカリさんの 女友達(U)が遊びに来て
二人で近くの 疎水湯(ソスイユ) へ
帰ってくるなり 
その友 U が

”パンツが無い 落として来たみたい”

バタバタと階段を いつものように 慌ただしく走り降りて
幸い 路地 で拾って来たと 
大笑い しましたが

いまだに 
イカリさんとの間では 
お酒の つまみの 語り草
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銀月アパートにいる頃 
4ヵ月ほど 北海道に
アルバイトしながら
放浪の旅

北海道は至る所で温泉が沸いている。
だから銭湯は朝からやっていて 人は少ない。

この頃のメモが出て来た。

釧路の市営の風呂 25円
アイヌ部落 100円
函館 115円
屈斜路コタン 40円

30年以上前の価格ですが
函館は都市だし アイヌ部落は阿寒岳のてっぺんだからか
入浴料は高い。
釧路と屈斜路湖の風呂は 管理料くらいの値段で入れた。
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自宅の風呂は
たいがい一人で入るでしょうから

風呂は 個人的な秘密の空間 です。

風呂の入り方や洗う順番などは 人それぞれ個性があるでしょう。

イカリさんは頭から洗うけど、僕は体から洗う。

食後にお風呂に入るから 歯ブラシ持参
湯船につかっている時に
時間をかけて歯磨きをする。

僕は最初につかった時に 歯磨きをして
上がり湯でくつろぐが
イカリさんは 最初は ゆっくりくつろいで入って
上がり湯の時に歯磨きをする。

人によって モードが違うところが 面白いし
その人の性格も 出ている様に思う。
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湯船では 
お月さんのように
ポッカリ浮いているのが好き
腹だって 最近 満月のように 丸い

も少し湯船が大きいと
体延ばして浮けるんだけど
ちょっと無重力状態で
とりとめのないことを考えているのがよい。

ユラユラ と 湯楽っくす

外の景色が見えたり
空が見えると最高なんだけど
とりあえず 

頭ん中を 散歩するのも良い。
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ジョン・C・リリーアイソレーションタンク
これも このお風呂の延長みたいなもので
そのうち ブログに書きます。

さぁ 今夜も 

湯船の中で 

魚になろっと。

  

2009年02月24日

随分前、20年くらい前でしょうか?
福井 の友人がこう言いました。
「人間や生き物は なんで死ぬか解るか?」 と
僕はまともに答えられませんでした。
「みんな生き物は死ぬもの
寿命はそれぞれの生物によって決まっているんじゃない?」
くらいの答えくらいしかできなかったと思います。
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彼 は こう言いました。
「死はあらかじめ生命の中にプログラムされている」

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これ以上詳しい話にはならなかったと記憶していますが
その プログラム という答えに 
何故か 真理のような 確実な答えを 感じたことを憶えています。
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つい 最近 ある本を読んでいる時に
そのことの 説明 に出逢いました。

その本とは
龍村 仁著 
魂の旅 地球交響曲(ガイヤシンフォニー)第三番
角川ソフィア文庫 

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以前のブログ 「ガイアシンフォニー」の龍村 仁監督による
テレビ・ドキュメンタリーの「宇宙船とカヌー」にシンクしていますが

その 死 の秘密は この本のなかでこの様に書かれています。
宇宙物理学者 フリーマン・ダイソンの言葉です。
長いですが 引用します。
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三十五億年の昔、この地球に初めて生命が誕生した頃、
「死」はまだ生命システムの中に組み込まれていなかった。
原初生命体は分裂増殖を繰り返すだけで、
必ず死ぬ と定められているわけではなかった。
誕生したものは必ず死ぬ。という仕組みが
生命システムの中にプログラムされたのは、
性が誕生した時からだ。
この地球に生命を誕生させた なにかの 意志 が、
次にその単純な生命を複雑・多様化するために
雌と雄をつくり、それが合体して新たな生命をつくる、
という仕組みを生み出した。
その時 同時に、個体の 死 が生命システムのなかに
プログラムされたのだ。


とあります。
ようやく 謎が解けた 感じです。
これ以上の答えを知りません。
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話は変わりますが
去年、車の中でFMラジヲを聞いていて
気になっていたことのお話です。

イカリさんと一緒にふと何気なく聞いていたお話ですが
二人で熱中して聞きいってしまいました。

お話されてた方は 生物学か遺伝子の権威ある学者さんだと思います。
そのお話の内容はこんな感じだったと思います。

アリマキ(アブラムシ)を例に説明していましたが
アリマキの単体生殖、メスがメスだけでメスを産む
つまり、生殖行為なく次世代の個体を驚異的な数で産み出していくことができる。
オスというのは不要な世界なのです。

ただ、それでは単調な縦系列になっていくので
お遊び的に 雄 という横系列をつくるときがある。
それも忙しいときはメスばかり産んでいますが
ちょっと暇になってきたときにオスを産んだりするそうです。

このお話は生物学的で学術的なものでした。
正確に書き留めたものではなく
記憶での説明なので間違いがあればお許しください。

これで、男の謎が少し解けたように思いました。
お遊び的に 暇になってきたとき というところ。
本来、根無し草みたいなものなので 生の淋しさを知り 
ふと 遠くを思い、消えたいと思う。
抽象的なことを考え 訳の解らないことに熱中する。
男ってそういう生き物かも知れない。
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アリマキについて調べてみると
アリマキ。英語でAnt cow(蟻 牛)
日本語では蟻牧(アリマキ=蟻の牧場)であるから
どちらも同じ意味を持つ名称となっている。

非常に広範囲に渉る植物の主に茎に大群で定住し、樹液を吸う。
ひ弱な庭木の樹精などお構いなしに吸ってしまう。
甘いものを好むアリは彼らが醸成した甘美な分泌物を好んで食糧とする。
アリマキの大群自体を害することなく、アリは甘い汁をすすり続ける。
だからアリの牛という名が付いている。

アリマキは単体生殖を行う。
メスだけで生殖行為もないまま次世代の個体を産み出すことができる。
その増え方ときたら、ねずみ算など他愛なく思えるほどの強烈さで
この量の脅威は暴力的ですらある。
数が増えすぎると、食料となる植物が足りなくなるので
天敵を呼び寄せる物質を放出して
自らを食べさせることによって種の個体数を調節するらしいです。
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「parasite(パラサイト)」とは,和訳すれば「寄生」となりますが,
もとを正せば,「…のそばに」を表すparaという接続語と,
ギリシャ語の(食べ物)が語源であるsiteが合体した言葉だそうです。
つまり、食べ物のそばに という意味です。

生命は全て天敵との共生で成り立っています。
パラサイトに食料を提供し、パラサイトに天敵から命を守ってもらう。

逆に、人間は天敵を撲滅し、病気を撲滅し
自分たちだけの種の長期延命への努力をしてるようですが
人間にとっての天敵は人間でしかなくなったということでしょうか?
戦争、自殺、テロ、犯罪、事故、同性愛 産児制限 等による
種の数量調節しか方法がないということかな?

最近の犯罪や記事は これに当てはまる内容のものが多いです。

生命の自然死も 広い意味では
プログラムされた自殺といえます。
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ゴッドフリー・レジオ監督によるカルト・ムービー『カッツィ』シリーズ3部作
全てのタイトルは アメリカ先住民ホピ族の言葉です。
第一部「コヤニスカッツィ」とは
 “バランスを失った世界”
第二部『ポワカッツィ』とは
自己の繁栄のために他人の生命力を食い物にする生き方の意味。
第三部「ナコイカッツィ」は、
「日常と化した戦争」










このホピ族の ホピ とは 平和 を意味する言葉だそうです。

これらの映像を見ていると
人はどこへ向かっているかが解かるような気がします。
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死と引き換えに性を獲得したことは
個体の死によって種の繁栄(生)を確保するということですが
この死のプログラムの意味を
もう一度考え直す必要があるように思えます。
フリーマン・ダイソンのお話の
真意と希望を再確認してみたいと思います。
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日本映画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。
見てみたい映画です。
日本の葬儀の様式や言葉には深いものがあります。
我々日本人にとっても 外国の人々にとっても
非常に興味のある儀式であると思われます。

葬儀を題材にした ブログ は 別れの準備 のカテゴリーでご覧ください。

では また。
  

2009年02月02日

1972年京都

1972年
大阪から京都へ戻る。

東山通り二条 岡崎にある下宿

ここの部屋は広かったが、東山通りに面していて
朝5時の始発の市電(路面電車)の音で目が覚める。


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この頃、京都には 所謂、ロック喫茶 とか Folk喫茶 とかが沢山あった。

1969年9月 京都初のロック喫茶 MAP 開店。
1973年2月 日本最古のライヴハウス 拾得 が京都で創業


拾得

中でもよく足を運んだのは
MAP 飢餓(現在の KAZABANA)名前の無い喫茶店 噴(ふん) 拾得

特に MAP へはよく行った。
開店時にいくとディランのセルフポートレート
ザ・バンド の Music From Big Pink がかかっていた。

豊田勇造がよくこの店でブルースの弾き語りしていた。
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河原町四条の喫茶店(名前は忘れた)では
ひょっこり現れた 高田 渡 がギターを取り出し
いきなりトーキングブルースを歌ったりと
この頃の京都はこんな風景が当たり前だったような気がする。
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お店では新着輸入盤のRolling Stonesのレコード
スティッキー・フィンガーズメイン・ストリートのならず者
大きな音でガンガンかかっていた。

どちらもジャケのデザインがよい。


カバーフロント      アンダーカバー     カバーバック

前者はアンディ・ウォーホールのジッパー(本物のジッパー付き/日本版はYKK)デザイン
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの皮むきバナナのジャケといい名作です)



後者は ロバート・フランク の写真が沢山使われている。
(LPアルバムのカバー特集もそのうちやります。)
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東京からもよくロック喫茶通いに来ていた人が多く
そんな人達ともすぐ友達になりました。
高円寺のT君もその一人で
彼は高円寺で店を開こうとしていて京都のお店を視察に来ていたようで
僕たちの岡崎の下宿を寝ぐらにしてあちこち廻っていた。

後に高円寺 JEFFERSON を開店



Jefferson Airplane や ホット・ツナが好きで付けた店の名前
東京へ行くとこの店を僕たちは寝ぐらにして行動しました。
このお店、窓はなく 木の板壁にドライフラワー
ソニー・ボーイ・ウィリアムソンの白黒写真が貼ってあったな。



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岡崎の下宿には いろんな友達が毎日集まりました。
前回のブログ 別れの準備-3 の REIは僕の部屋の斜め向かいの部屋で
ニール・ヤングピンク・フロイドをかけていたし
となりのS君はいつもウディ・ガスリーを聞いていた。

友人が大阪の電気屋さんに勤めていたので
TEAC のオープンリールのテープデッキを買う。
カセットデッキが出始めの頃でしたが
やはり雰囲気的にオープンリール。
動かなくなったので随分前に捨てました。
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1973年に最初のオイルショックが起きます
テレビもなく、ラジオも聞かずで情報には疎かったため
世の中で何が起きているのかも知らず
まさか トイレットペーパーが 無くなるなんてことは信じられず

後になって レコード盤が年々薄くなっていくことで
やっと実感として掴めたかな。
反っている輸入盤のレコード多くなった。
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この頃、イカリさんは精力的に動いてました。
中津川フォークジャンボリー
ランブリン・ジャック・エリオットのコンサート
熊本のコミューン

僕はどこへも行かなかったので
彼女は一人で放浪してた。
帰ってくると数日後には
行った先で知り合った友達が沢山押しかけて来た。

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東京の友達も車一台で予告もせずにいきなり押しかけて来た。
男5人と毎日 雑魚寝の日々。
夜はお酒を飲んで 毎晩 論争の日々。
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ササ は近くのジャスコの肉屋でバイトしていましたが
この岡崎の後半から次の銀月アパートの前半まで
一澤帆布に勤める。
おじさんや おばさん ばかりが働いていた所に
若いヒッピー娘が入り込んできたので
皆さん驚いたでしょうが
皆にかわいがられていたようでした。
木造のお店の壁面には天井まで帆布の鞄がかけてあり
その頃からマニアの人たちの人気スポットでした。
ササがやめてからそういった若い女の人が
仕事を求めてくるようになったそうで
そういう意味では 先人なのかもしれない。
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この時からワタルに誘われて同人誌に詩を寄稿します。
岡崎から銀月アパートの頃まで同人誌を出しますが

この話は長くなりますので次回に廻します。
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ホームページは リニューアル しましたので ご覧ください。

染型工房横山工藝 http://www.ykougei.jp/
オーダーよさこい屋 http://www.yosakoiya.jp/
  

Posted by hama G at 21:46Comments(2)僕の裏ページ

2009年01月01日

2009/お年賀

2009年

明けましておめでとうございます。


去年一年 色々なことがありました。

今年は仕事の上でも大変な年になりそうです。
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1月中には横山工藝のホームページをリニューアルします。
ほぼ草稿は出来上がっておりますので
年明けから具体化にかかる予定です。
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去年は延岡の友人二人と京都で逢いました。
イカリさん含めて4人で居酒屋でお酒を飲み
四条木屋町下がるの カフェバー KAZABANA
(昔の/1972岡崎ブログ予定/飢餓というロック喫茶です)
で ブルースを聞きながら ウイスキーを飲み
明くる日は 懐かしの銀月アパートを訪れ
疎水べりを下り京大農学部グランドを抜け
喫茶ベーカリー 進々堂でコーヒーと思いましたが
ちょうど お休みで とても残念でした。

北山の タムサバイ Taam Sabaai で
辛いタイ料理をたべました。
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その延岡のMK君から年末に延岡の焼酎
”銀の水”黒ラベル が送られてきました。
しかも 6本1箱 です。

この銀の水は 以前MK君の依頼で作った
店頭幕の銘柄なので 懐かしいのもありますが

めっぽう うまい




黒麹仕込みのマイルドな味

こいつは春から縁起がええということで
数の子 と なまこで 一杯

乾杯でございます。
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去年12月20日
第二回 関大ふくい 笑い講 が福井で
亀岡の友人、関西大学社会学部教授 木村洋二さんが
笑い測定器”持参で講演されました。
講演終了後、鯖江の助田さんちへ訪問後
彼と福井の蕎麦屋さんへ
その時の写真です。



笑いの研究では 時の人 です。
この 乾杯 の カフカ的 ほころび笑い

この 笑い で 今年の幕開け

笑いを肴に 乾杯でございます。
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なんか 笑い測定器 も マーク2 に進化したようで
ターボ・チャージャーを搭載していたりして

でも 笑いは もともと ターボかもしれない
他人が笑うことで更に笑いが加速する

この 笑い の単位が aH(アッハ)だそうで

笑いの壁を突き抜けると MaH(マッハ)になるかも

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彼とは以前よく 三国の浜に行き
打ち上げられたオブジェならぬ漂流ゴミを拾い集めておりました。
彼の研究室には漂流オブジェが並べられているはずです。
船の舳先まであると自慢しておりましたが.........。

ところで当時 イカリさんは 僕たちのことを

 磯乞食(イソコジキ) 

と呼んでおりました。



これまさに 磯乞食 木村洋二の姿
鬼気迫る ものが ある。

また いきましょ か 三国の浜へ

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これ 家にある 骨董好きのイカリさんが買ってきた七福人
お正月のいつものお飾り
とても かわいい
ぼくの お気に入りは次の一番右



皆、微笑み笑いしてるのに
こいつだけ
笑っていそうで笑ってない
怒っていそうで怒ってない
この ハニカミ がよい

にせんくねん 七つの海を 七福人

と 一句

決して セブン の映画のように 七つの大罪ではなく

七つ といわず 一つでも 福 がありますように
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と いうことで 

皆様にとりましても 良いお年になりますように

カフカ お は よ う

お は よ う カ フ カ です。


今年も宜しくお願いいたします。

hama より


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染型工房横山工藝 は こちら
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